頑張れ新入社員







僕は新入社員





…と言ってももう入社して半年も経っている訳で。フレッシュさはもうない。
元からかも知れないが。

…ともかく。故郷から少し離れた近代的的な街で僕は営業マンをしている。
色々な企業に回り自社製品を薦めたりはしているが、中々成果は上がらない。

「…はあ」

深くため息を吐くアンニュイな僕は正しく社会の荒波に揉まれて来たばかりで。

まさか

『保守的で受け身に立つバトル!それが悪いとは言わないがもっと積極的に攻めて欲しいものだな!!

無論商品プレゼンテーションも面白みに欠ける!失敗を恐れず出直して来たまえ!!』


「…ってどうすりゃいいんだよ…」

暫く忙しいのでまた後で話をしよう、とその部長さんは言ってくれた。
なんて優しい人なんだ。
だが…

「成功させる自信ないんだよなあ…」

「もっと自分に自信がつけば良いんだけどなあ…」

その部長さんにボコボコに伸されたボールの中の相棒、そんな相棒を困った顔で見つめながら彼はまたため息を吐いた。

「普通にプレゼンだけするんだったらどんなに良かった事か…」

部長さんは非常に心の広い方だった、そして何よりバトル好きだった。
出直してこい、と言うのはそっち…“バトル”の意味だった訳で。

「どうしたもんか」

ふ、と顔を上げた彼の視界に夕焼け色に染まる、ちょうちょのリボン、










「ああっ…間に合うかな…」

ばたばたと足早に彼は何時ものあの場所、へ走り出す。
随分と日の落ちる時間も早くなり、辺りは夕闇に包まれ始めている。

(あの時からもう一ヶ月ぐらい経ったのか…)


“あの時”彼の視界に映ったのは小さな少女だった。
ふ、と目が合ったその時、彼はいつもの自分ではあり得ないような行動に出た。

『あのっ、君トレーナーだよね?ぼ、…僕と勝負しないか!?』

自分でも素っ頓狂な声が出たと思う。恥ずかしい。
女の子は僕をちらりと見直した後、何も言わずにボールからポケモンを出した。

フシデ。僕が住んでいた地域の虫ポケモンとは違う、毒タイプも併せ持ったポケモン。
…思い返すとやたらめったらそいつは強かった。
どくばりからのベノムショックは地味に、いや凄く効いた。
彼女の取り出した鞭にも大分びっくりした。

そんなこんなしてたら、…あっという間に伸されてしまった。


ぐずりとくずおれる僕と相棒。女の子は何も言わずにその場から立ち去ろうとした。
段々と離れて行く後ろ姿。ひらりとちょうちょの形のリボンがはためく。

ぼんやりと、潤む視界で僕はその後ろ姿をそのまま見送る…所だった。
その時ふつふつと沸き上がって来たのは“このままで良いのか?”という感情。

あの子に何も言わなくても良いのか?このまま負けてても良いのか?僕の勇気はここまでか?
かみさまがくれた自分を変えるチャンスじゃないのか?
そんな不思議な思いが口の中をぐるぐると駆け回る。
喉元から口内、そしてもごもごと口を動かす、いける。僕はいける。

『ま、待って!もし良かったらまた勝負してくれないか!?』

『………』

ぴた、と止まってこちらを向いた彼女は、僕を見るだけ見てそのまま立ち去っていってーー



(あの時は…自分でも何考えてるか分かんなかったよなあ)

はあはあと時計を確認する。七時を丁度まわった所。何時もの時間。
あの路地裏の近くに彼女が待っていてくれて…居なかった。

「…あれ?」

何時も…と言ってもたったの一ヶ月の間だったが少女は毎日そこに居てくれた。
彼が到着したのを確認したら、またボールと鞭を出し無言で戦ってくれる。
鞭の叩き付ける音だけでポケモンに指示を出していると気付いた時は心底驚いた。
見た事も無い髭ポケモンを出して来た時も心底驚いた。

…でも、とても充実した、一ヶ月だった。


伸びきった陰が闇へ融けていく。
人気もすっかり無くなった路地裏の近く。ぼんやりと外灯が灯り、幽かな陰を落としてくれる。

「あ…」

もう彼女は来ないんじゃないか、さよならなんじゃないのか、
ぽっかりと穴が開いた思考でやっとその考えを捻り出す。

「ぐじ、」

泣いてない、僕は泣いてはいない。社会人だぞ、成人だぞ、大人なんだぞ。
あんな小さな女の子が来なかったからって僕がなくはずが、

「っが!?」

そこまで考えた彼は突如何かに足下をすくわれた。
バランスを崩し、石畳につんのめる。

「な、なな…!?」

まさかリーマン狩り!?などと思考が変な方向へ飛んだ彼、
怯えながら振り向いた先には、


ホイーガがいた。フシデの、あのフシデの進化系の、


あのフシデの、…ご主人はその後ろで佇んでいた。
彼とのバトル中でも、バトルが終わってからでも始まってからでも一切開かれなかった唇がそっと言葉を紡いだ。





「…遅れた …ごめんなさい」

「あ、いや…そんな」

そうか、と小さく彼女は呟く。
彼女の手には一つのモンスターボールが握られていて、じっと彼のそれを見ていた。

「あんたの手持ち、 …少しは強くなった」

「え!?そ、そう思いますか…?」

自分よりずっと年下であろうその子についつい僕は敬語を使ってしまう。
それなりに、とぶっきらぼうに彼女は言って僕にそのボールを差し出した。

「…ジムリーダーさんに教えてもらった …面白い進化するって」

「あ、僕のマッキーが…?」

僕のマッキー、と言うのは長年連れ添ったチョボマキの事だ。
泥だらけの水たまりで一緒に戯れた思い出は今でも忘れられない青春の一ページ…ってそうじゃなくて、

「進化?僕のマッキーを?っていうかジム…??」

「ん。そう」

ちょっとあっけにとられる僕を尻目に、相棒マッキーはがたがたと何処か嬉しそうにボールを揺らしていた。





「…交換してから、また交換、って事で」

「マッキーは僕の手元に帰ってくるって事だね」

「ん」

路地裏を抜けてポケモンセンターにやってきた僕らは早速交換の準備を始める。
ずっと無進化ポケモンだと思っていたのでやはり僕はびっくりした訳で。
その旨を彼女に伝えると、そうか。とまたぶっきらぼうに返事を返した。





「ま、マッキー…!!」

再び僕の手元に帰って来たマッキーはとてつもない進化をしていた。
たなびくはちまき(?)、鋭い眼光、だが頭部のぐるっとした所はまさしくチョボマキの名残。
ようするに、とんでもなくかっこ良くなっていた。
重い殻を脱いでさっぱりしたのか、嬉しそうな動きも何処か俊敏で。

とにかくカッコイイ。

「さ、サラリーマンの味方…!!!ヒーロー…!」

「…あんたはもうちょっと自分に自信を持った方が良い。その子みたいに威風堂々と」

そう言うが早いか、少し足早に彼女は立ち去った。
すっかり闇へと変わった町中に、背中がとけ込む。

「ま、待った!待ってくれ!」

急いで荷物をまとめ、マッキーを引き連れポケモンセンターを出る。
やはり彼女は振り向きもせずに進む。
日頃の運動不足が祟ったのかのたのたと進む僕。そんな僕を見てやきもきしたのか、マッキーはとんでもない早さで彼女の前をとおせんぼ。

「…はやっ!!」

「……」

マッキーがとおせんぼをしてくれたお陰で、僕は彼女に追いついた。
ぎゅう、と彼女の手を手袋越しに握る。息は荒く、端から見ると変質者のような気がした。

だけど今はそんな事どうでもいい。

「…でっ、電話番号教えて!!」

「…?」

少し不機嫌そうな顔を彼女は見せた。
寄せられた眉根は再び定位置に戻り、いつもの無表情。

ややあって…、僕が息を整えた頃、彼女は言葉を返した。

「…何で、電話」

「え」

何で電話番号なんか教えてやんなきゃいけないんだ、とか放せとかそういう言葉がくると思っていた僕は拍子抜けした。
なんというかマメパトがタネマシンガン喰らったとかそういう表現が似合う。

「…いやあ…~っ、そのォ…」

入社してはや一年近く、こんな直球な言葉を使ったのは面接の時と、あの部長にリベンジ営業をした時と、彼女に初めて声をかけた時以来だ。

「で、電話だったら!…君の声を絶対に聞けると思って…」

「……」

ちょっとびっくりしたような表情で彼女は唇を少しだけ開けた。
もご、と何かを言いたそうに動かして、言う。

「そんなに特訓一緒にしたいの」

「ええ、そうなんです!!………。…ん?」

「向上心があるのは 良い事だ。 一ヶ月間の特訓、為になった…?

…もしそうなのなら、凄く嬉しい」

口元を緩ませはしなかったが、少しだけ彼女の表情は嬉しそうに見える。
って、いや、そうじゃない、もっと僕は君に直接的な事を言いたい。

ありがとうとか、この一ヶ月で君に抱いてしまった感情とか!!
ぐ、と覚悟を決めて背筋を正す。

「いや!そのですね」

「? あー…」

「…その、僕とおつ「…でも私は電話を持ってない」

悪いけどそっちのを教えてくれないか?そう言いながら彼女は胸ポケットを探る。
今まで見たいに毎日“特訓”するのは無理かも知れないが、一緒に頑張ろうと少し饒舌な喋りで、たどたどしく“

”と書かれたメモを差し出した。

(ああ…)

(そうじゃない、なんて言い出せないよなあ…)

かりかりと携帯電話の番号を書きながら、僕はもっと自分を鍛えなければいけないと悟る。
今僕に足りない一番のもの、それはきっと、勇気なのだろう。










//////////
サラリーマンのドットが可愛すぎて生きるのが辛い。
それよか定時に返してもらえるとかどんなホワイト。
今更ですが、夢主さんはもの凄く特訓好きです。趣味修行的な。