飼い狗に手を噛まれる






見覚えがないと言えば嘘になる





                   









ごうごうと耳を劈く吹雪の音。
手袋の下からでもかじかむ手で彼らは進む。
むやみやたらに破壊された館内は黒こげ、そして


「穢いな」


勿論吹雪いている手前、彼の部下にはほぼ全く聞こえない。
聞こえていようが聞こえていまいが、思わず、呟いてしまった。

雪で大半が見えなくなりつつあったものの、周りに飛び散るのは間違いなく肉片。
この寒さで鼻が利かなくなっていなかったら焦げ臭くて、人臭かったんだろう。
ちらほらと燻っている所もある。この寒いのにご苦労な事だ。

「散々ですね」

「?…ん?ああ」

多少聞き取り辛かったものの、極卒は彼の防寒具から漏れる苦笑で言わんとしている事を読み取った。
確かに、散々だ。これならいっその事全部ぶち壊してくれれば良い。
燃やしてくれたら掃除もしなくて済む。きっと暖かいのだろう。
床…地面に転がる同胞に軽く手を合わせ、彼らは再び先を急いだ。
敵が潜伏していると言う格納庫までは畑を通った方が早かったが、こんな吹雪の日に一体誰が外なんぞを通ると言うのか。馬鹿馬鹿しい。










「よくよく考えたらさー」

「……」

「通信室なんて滅多に使わないんだしさー」

「……くそぉ」

「ねえ」

彼らは無駄にすんなりと通信室へ着いていた。埃塗れの通信室である。
床には大量の古めかしい段ボールが置いてあり、使わない備品も置いてある……通信室“だった”
肝心の通信機器は見えない。最早倉庫、と言った方が良さそうである。

「大体電話機があるのに何で通信室なんぞ使わなきゃいけないのって話だよね~

内線だって館内には通ってるしさあ」

「いや…使える…筈なんだ…少なくとも私が居た時は…」

「ええー…?何時の話?一京君て実は見た目よりもおじさんなの?」

「お前の方がじじいだろう」

「何それ?ボクに喧嘩売ってるのかなあ?かな?」

無駄な徒労と言うものはイライラするものだ。すっかり馬鹿コンビと化した二人は今の状況も忘れてじろりと睨み合った。
いや、睨む阿呆と笑む阿呆だろうか。少なくとも片方は自分が相手よりも圧倒的に下の立場と言う事を忘れていた。…少しの間。

「…っそ、…それはともかく、どうすれば良いんだ」

「うん?冷や汗拭いてあげようか?…そうだね…どうしようか…」

使えない事も無いと思うんだよね。古いだけでさ。
そう言いながら酷卒は段ボールやら備品を手当り次第に退かし始めた。

「わ、私も手伝う」

「当たり前でしょ」










「……」

待て、と言われた。
薄暗く何処を見ても立体感が無い。現実感も無い。五感を失いそうだ。
何も聞こえないと言う事が耳に煩く、嫌に響く。耳鳴りが…耳鳴りが。

「待てとか、無理ですよね」

ぽつりと呟き、ずさんに…手当てされた傷口を包帯の上から触った。
鋭く伝わるじいんとした痛みだけが今の彼女を繋ぎ止めている。


耐えられない。何もかもが。


今の状況が。
体を覆う虚無感が。
責任感が。
この言いようの無い寂しさが。

あの人達と一緒に居たい。

きゅ、と唇を噛んだ。いやいや約束したじゃない。…約束ではない。命令だ。
思わず動悸が荒くなった。一体外はどうなっているんだろう?
状勢はどうなっているの?もう制圧した?されてしまった?

「…ああ…」





「貴方が、いけないんですよ」

ぎゅうと首輪を握り締める。
薄闇の裸電球がきいきいと揺れる。





「狗は、…きちんと繋いでおかないと」










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鎖でね。

アップロード時のトラブルやら何やらでまた一から打ち直すとは思わなんだ。
原文と若干色々違うけどどうでもいいですね。
暫くぶりに登場ですが痛みでハイにでもなってるんですかね。
しかしどんどん一ページが短くなってる気が…する…。