壁をぶち壊せ!!







彼らの目には、そう見えた





                   




「ひくしっ、うー寒くなって来ちゃったよ~」

「…アンタみたいな奴でもまともな生理的現象は起きるんだな…」

「随分な言い方だね~。ボクだってね、人並みに人間だよ?だよ?」

「…どんな言い分だ…」

無駄な徒労と言う名の通信室の掃除は、無駄に良い運動だった。
重い物を上げたり下げたりと、適度に有酸素運動をする彼らの額には汗が浮かんでいる。
だがしかし、この通信室は掃除が必要な程放置された部屋である。
勿論、暖房やらはある訳が無い。そして外は吹雪で。外気とこの部屋を隔てるのは当たり前のように薄い壁のみ。
吹き出た汗は、あっという間に冷やされる訳で。

「ひーえーるぅー…」

「もう分かった。から黙って作業…だ…?」

ふ、と感じた振動に二人は動きを止めた。
ずずずと空気が揺れる感覚が、する。

「…今の?」

「…何だろう」

あっ、と酷卒が小さく呟き、


視界が真っ白に、


そま










「はと」

ぼそりと呟く彼女の居場所。鳩小屋である。
だが今はその小屋の住人である鳩達は見当たらず、舞い散った羽根のみが彼女を歓迎していた。

「こんな所に繋がってた…」

鳩小屋の床は空洞を挟み二重構造になっていて、その隠された床に今まで歩いて来た穴の出口は繋がっていた。
出口か、入り口か。この場合は出口であったが、その潜水艦のハッチのようなものものしい出口は自分が本当にこの場所に居てしまっていいのかと問い掛けているようだった。

厳重すぎるそれ。私が本来守らなくてはならない、それ。

お前は、


に居ても良いのかね?

ぎゅう、と首輪の形に戻したそれを握り締め、

は首を振った。

「足手まといには、ならないっ…」

唇を噛み締め彼女は扉を慎重に開く。外の風によって扉が勢い良く開きそうだったのを慌てて支える。吹き込んだ風が鳩小屋の羽根を巻き散らかした。

「あっ」

ばあん! とそれはそれは勢い良く扉は開け放たれた。
目に雪が入って思わず顔をそらす。つんざくような冷気があっという間に体温を奪う。

「…寒い」

がちがちと歯が鳴って、体が震えるのは寒さの所為だけであろうか。そうなのだろうか。
鳩小屋と基地の位置関係を頭の中で整理し、彼女は勢い良く飛び出した。
吹き荒ぶ吹雪は彼女の姿を隠してくれる、絶好のカモフラージュだ。


それは、相手も同じ事であったが。










「集まったか」

「はい、三佐」

ほぼ手つかずの状態だったのがあの第二保管庫だったというのは皮肉なものだった。
西、裏の農園に近いこの保管庫はとりあえず放置されたのだろう。
制圧を迅速に進めたいあちらとしてはこの保管庫まで足を伸ばす事自体が無駄な事だと判断した。懸命な判断だ。そもそも武器は殆ど置いてないし。

「少ないな」

「隊員には敵を狙い撃ち出来るポイントで待機を」

「そうか」

さて、と彼は首を傾げた。

「さあ!どうするか?向こうが武器庫に篭城、こちらをじわじわと追い詰めているつもりなら、

その考えを改めさせてやるのも面白いだろう」

つつつ、と灯油のポリタンクをなぞる極卒の手には手袋。
首元を守るようにマフラー。寒いから仕様がない。

「どうせここまでぼろぼろにされたんだから全部吹っ飛ばすのも悪くない」

「焼きを入れてやる訳ですか」

「そうだな。吹雪の中で大爆発って言うのはまだボクは見た事がない。面白そうだ」

フン、と半ば自虐的に極卒は笑う。



…大爆発、とまではいかなかったが
彼女はそれに近いものを白い世界の中で目撃していた。

揺れる大気、雪と共に飛び散る塵、主砲が湯気を立てる。

「…何、これ?」

寒さとは違う音が耳をつんざく。麻痺しかかっていた五感が鋭く息を吹き返す。
どっどっど、と心臓が跳ねた。

一瞬息が止まった。その間時間が止まったかのように何もかもがゆっくりと動いて見えた。

白い世界の中では自分が一体どれほど歩いたのか分からなくなる。
自分はこんな所まで足を伸ばしてしまったのか。





例え自分がそういう知識に乏しいとしてもそれを見間違う事など無いだろう。
壊れた壁の中から見えるその古めかしい車体。長い主砲、全てを潰すキャタピラ。



「これ、は」


これ。そう、それ。ああ、あれは、正しく戦車であった。










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何年越しの更新だよ…。
クライマックスまであと少しじゃないですかね?(適当)