コイツは曖昧な境界に存在している





家に帰る前には大抵くだらない子供じみた口喧嘩をする。
車から降りて家に居つく頃にはすっかり機嫌は直っている。

コイツを預かっている間この生活パターンが当たり前になっている事に若干嫌気が差す。
・・・という話をこの前サードにしたら

『ワタクシにはそのようには見えません』

・・・と言われた。何だって?





そもそもサードは何かにつけてコイツに肩入れをしているような気がしてならない。

汚れたディスプレイを俺が与えた携帯クリーナーで拭いてやったり・・・。
人間が自分と同じ携帯になったという事で妙に親近感が湧くのか?

最早日課となりつつあるディスプレイ拭きをしているサードを横目で見ながら桐原は考える。

時折くすくすと笑いながら机の上で話す二体は、実に楽しそうだった。
・・・自分だけ、何となしに疎外感を感じる。・・・疎外感?





「馬鹿馬鹿しい」

『え?』

予想以上に大きな声で言っていたのか、とサードがきょとんとした様子でこちらを見ていた。

「・・・お前は何時までそうやって携帯のままの姿で居るつもりだ」

『も、元に戻る方法が見つかったら〜』

「都合がいいから今のままで居たい様に俺には見えるがな」

何処か焦った様子で返事を返すに桐原は追い討ちをかけた。
実際何時まで経っても、人間の身体にどうやっての意識やらを戻すか、
その実験やら開発は平行線のままだった。

最早諦めている節も見えていなくも無い。
彼女自身、携帯としての生活を楽しんでいるようにも見える。

へらへらと、まるで危機感を持っていないに桐原は苛立ちを感じていたのだ。


『桐原様は焦っておられるのですね』


は、として見ればいつもの腰の低さで二人の間に入っているサード。
桐原の方を向いているので、見た感じを庇っている様に見えなくも無い。


「・・・どうして俺が焦っている事になるんだ?サード」

『だってそんなにも様に元の身体に戻って頂きたいと考えていらっしゃるではありませんか』






「・・・・・・」

『・・・・・・そうなの?』


完璧に硬直した桐原に小さな声では問う。

「・・・まあ間違ってはいない、・・・な」

『・・・へ、へえー・・・』

何処と無く雰囲気が悪くなった所にサードが再び言葉と言う剣を突き刺した。

『でも焦ってはいらっしゃるもののこのままでも構わない、

という風にもバディは考えていらっしゃいますよね?』

「は?」

『バディはワタクシにこのクリーナーを与えて下さりましたが、

ワタクシ自身の画面は桐原様が拭いてくださっております。

・・・だとしたら、他に拭いて綺麗にする対象がありましょうか?』

ダメージ大である。クリティカルヒットともいう。

「いや、それはだな」

『つまり、』

『つ、つまり!?』

まくし立てるサードの言葉は心なしか上ずっているように聞こえる。
物語りも佳境だ、と言わんばかりに。も大興奮だ。





『本当は様をコレでふきふk「リトラクトフォームッ!!」


あぁ、と小さな悲鳴を上げ、がしゃん、と携帯型に戻ったサード。
はあはあと無駄に息を荒げながら桐原はサードの上に幾つか重石代わりに物を乗せた。

『あぁあ、桐原様そんな酷い』

「煩い、少しそうしてろ・・・!」

そこまで言ってはっと自分を見つめる存在に気付く。
じっと見つめるのは、携帯になった馬鹿な女。
馬鹿だから、目が離せないんだ。馬鹿だから。

「・・・何だ」

『さっきサードが言ってた事本当?』

「真に受けるな。さっさと充電して寝ろ」

ぱちん、と画面を乱暴目に閉じながら言う。

「俺に余り心配をかけるな。・・・他の奴等にも

さっさと人間の身体に戻って前みたいにへらへら笑ってろ」

『・・・・・・時間が掛かりそうだけど待っててくれる?』

カチ、と電気を消す音がした。
電気が点いている時の仄かな温かさが消える。少しだけ不安になった。





「・・・待っててやるから早くしろ」





自分の上部に、温かいものが乗っている感覚”がした。
ひとの温かさがじんわりと機械の体に伝わってくる。





灯りも何も、今は自分には見えない。でも、もう不安ではない。
待っていてくれる人が居るから。










(電気が消えた中で。懐かしき修学旅行のような気分で)

『サード重くないの?それ』

『少し重いです・・・あっ、軽くなりました!』

「・・・・・・」

『桐原様がワタクシを許して、重石を下ろしてくださったんですね』

『ですね〜』

「いい加減に寝ろお前ら」


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さんはサードと仲良し。