面識がなければ、信用も信頼もそこには発生しない





その日、アンカー本部は重苦しい雰囲気に包まれていた。

ゼロワンの二人目のバディ、佐藤孝が任務中に死亡した事がその主な原因だった。
時折、嗚咽を抑えるような悲惨な声も聞こえる。

ゼロワンがバディを亡くすのは初めてではなかった。

その事が今アンカー本部に波風を立てているのである。





「・・・ゼロワンを凍結させよう」

哀しい沈黙を破ったのはゼロワン達フォンブレイバーの生みの親と言っても過言ではない人物、宗田だった。
その思い一言をゼロワンはきちんと聞いていた。その兄妹機、セカンドも。

彼らは何も話さない。只、結末を見守っているだけだ。

「凍結・・・ですか」

誰かが小さく呟いたのが聞こえると同時に再び沈黙がアンカー内を支配する。










「はい」

快活な声が聞こえた。視線を向ければそこには小学生のように挙手をする一人の人間の姿が。

彼女の名前は、確かと言ったはずだ。名前こそ知っているが面識は無い。
海外支部から本部へ研修として此処へやってきたとエライザは記憶していた。

「ゼロワンの次のバディ”が決まるまで私に彼を託してくれませんか」

君・・・」

にこにこと笑みを浮かべている彼女に戸惑いを隠せない宗田。
まるで気にも留めていないようには話を続ける。

「海外支部からこちらの方へ研修に来ましたけれども

まだ実際にフォンブレイバーとバディ関係を組んでの研修は行っていません」

「一応エージェントとして私は認められているわけですから、」


ちら、とと視線が交わった。一瞬彼女が微笑む。


「・・・それぐらいの我侭は通っても宜しいと思うのですが」

「・・・分かった、君に賭けてみよう。

但し、次のバディが決まるまでだ」


宗田の顔は、心なしか泣きそうに見えた。何かに希望を見出したような、そんな顔だ。


「よろしく、ゼロワン」


かくして、とゼロワンの短い関係はこうやって始まったのだった。




















。海外支部から研修にやってきた一応”エージェント。
小さな事件は彼女一人の力で事足りる。その程度の実力。らしい。
只今の仕事はフォンブレイバー達には劣るが(当然だが)ワクチンプログラムの開発、クラッキング、プログラムの書き換えや、お茶汲み、オペレータ組の手伝い、など。

彼女が机に向かって何かをしている所を何回か見た事があったな、とゼロワンは思い出した。
が、マインスイーパで遊んでいたり自分の趣味の研究を進めていたりと余り真面目な印象は無い。





ちゃん、本当にゼロワンとバディ組むの?」

「うん、そんな心配そうな顔しなくてもいいでしょ」

はは、と軽く笑う彼女に瞳子は気まずそうな顔をして小さく言った。

「・・・だって、ゼロワンは・・・」

ごにょごにょと言葉を濁らせる彼女に、は応える。

「・・・どうしようも出来ない事だってあるよ。それにゼロワンは悪くないさ」

それよかちょっと失礼するね、とは席を外した。
壮絶なまでに散らかった机の上から適当な物を取りぽいぽいとカバンに詰め込みながら。










俺はその適当な物”と扱いが一緒なのか。

これが彼が彼女に最初にかけた言葉であった。


「ご、ごめんなさい・・・」

『・・・・・・』

乱雑としたカバンの中からちょっとしたゴミ(付箋紙とか)を引っ付けてゼロワンは這い出して来た。
周りを見て愕然とする。

汚い。それも相当。

螺子やらスパナやらはんだごてやら絡まったコードやらどうやったらこんな汚く出来るのか不思議になるぐらい散らかっていた。
ゼロワンでさえ

『コレは一体何に使うんだ』

と思うほどのがらくたも散らばっている。

「・・・何かに?」

『疑問形になっているぞ』

熱で溶けて何が何だか良く分からない事になっている部品をこいつは一体何に使うつもりなのか。
そんな事を思いながらも、通算三回目となる言葉を彼はに言った。

『・・・ゼロワンだ。・・・よろしく頼む』

「はい」

ずずいと目の前に出された指にゼロワンは一瞬たじろいだ。
何かと思っての顔を見ればにこにこと笑みを全く隠そうともしない顔でこちらをじっと見ている。

「はい、握手、はいはい」

『・・・・・・』

ぎゅ、と勝手に手を握られぐいぐいと上下運動。無理やりではあるが握手だ。
ふざけているのかとゼロワンは憤慨したが、

「ちょっとの間だけどよろしくね。私代理バディだけど」

『・・・ああ』

のその顔を見てまるっきり毒気が抜けてしまった。
純粋に喜んでいる、その顔。

記憶の底に沈んでいた一人目のバディ田中良夫と二人目のバディ佐藤孝を思い出す。

彼らもまた、彼女のように純粋に自分の存在を喜んで迎えてくれた、・・・。

「ゼロワン?」

『ん?・・・ああ』

声を掛けられたので思考を切った。軽く微笑んだが、まあゆっくりしてよ、と言う。
・・・この腐海のような部屋でどうやってくつろぐと言うのだ。

『大体この部屋は何なんだ』

「え?あー水戸部長がさ、好きに使ってくれていいって」

パイプ椅子がぎしぎしと軋む。
直前に給湯室で入れてきたミルクティーがその場に似合わない品の良い香りを漂わせていた。
はふ、とはそのまだ熱かろう紅茶をちびちびと飲む。

「今ほどじゃないけど元々結構汚かったよ?」

『信じがたいな』


苦笑いをするを尻目に、ゼロワンは問う。


『何故手を挙げた?何故、私のバディ候補など志願した?』

「え」


ぱたりと彼女は行動をやめた。まじまじと、問いかけるゼロワンを見つめる。
小さな沈黙。だが先程のような重い空気は感じられない。





「志願しちゃ駄目だったの?」

『・・・・・・』

随分と期待はずれの返事が返ってきたな、とゼロワンは思った。
あちい、などと言いながらミルクティーを飲んでいる彼女に彼は言う。

『志願して悪いわけではない』

「だったら良いじゃん」

『良くは無い。何故志願したのかを聞いている。

こんな・・・』

バディ殺しのケータイを、と続くはずの言葉を彼女は遮る。

「私が君を必要としていたから。

それに、ゼロワンも誰かを必要としていたんじゃないの」

疑問系ではない真っ直ぐな言葉にゼロワンは戸惑った。こいつは一体何を言いたいんだ。
今までのバディと似ているようで、全く違う。思考が読めない。分からない。





「そのうちわかるよ」


そう言って彼女はまた笑った。










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じ、時系列が滅茶苦茶になりそうだ・・・。
呟きは今回は無しで。