蛸と書生





「あ、こらこら。悪戯しちゃいけませんぜ」

「なぜ?」

地面に這い蹲るぬめぬめをつつく少女に声をかける。
手には顔を模した模様をくり貫かれた南瓜、背には大きな麻袋。

「変な格好」

「そりゃ承知の上ですよ、と」

蛸さんをよこして下さいな。と彼女は言った。

「あなたのたこ・・・蛸なの?」

「ええ、まあ」

すっかり抵抗する力も絶え絶えな蛸を彼女は南瓜の籠に入れた。
蛸を入れる為に中がくり貫いてあるのね、と少女は言う。

「いや、まあそう言う訳じゃないんですがね」

「だったら何故?」

「今日は万聖節の前晩、所謂ハロウィーンだから」

「はろうぃいんだと蛸を南瓜の入れ物に用意するの?」

「いやいやお嬢さん、ハロウィンに使うのはこの南瓜だけでさあ。

蛸さんは私用です」

「何故?」

「芝居、蒟蒻、芋、蛸、なんきんと言えば女衆の好きなもんと相場は決まってまさあ」

「結局の所?」

「ええ、結局の所ハロウィンに乗じてどんちゃん宴会騒ぎしたいだけでしてね」

「じゃあそれは晩御飯なのね」

「晩御飯っていうか、肴」

「蛸なのに?」

「ええ、肴」

変なの、と少女は再び言った。
手についたぬめりを自分の服で拭って立ち上がると、被っていた帽子の位置を直す。

書生姿の彼女、はそこでその少女が妖怪である事に気づいた。

「ああ、妖怪さんか」

「ええ、そうなの。どうして分かったの?」

「だってこんな妖怪しか通らないような森の中で、何も無かったかのように此処に居るし、

それにあんたが蛸さんの近くで蛸さんを嬲ってたって言うのに、

・・・気づかなかったんだ。お恥ずかしい事に」

「私が蛸を甚振ってなきゃあなたはずっと私に気づかなかったって事?

しょうがないよ、だって私、無意識で行動できるんだもん」

「へえ」

「あなたは殺しても良い人間?」

「私は半分は人間ではない。だからって半殺しも困るけど」

「なんだ、そうなの。

もし殺しても良い人間ならあなたの皮を被ってお姉ちゃんを驚かそうと思ったのに」

「ん?被って?・・・ハロウィンで仮装するって事知ってるじゃない」

「うん。お燐に聞いたの。でも南瓜は知らなかった。だって地底じゃそんな変な南瓜育ててないもの」

「(お燐?)地底って・・・だいぶ遠い所からお嬢ちゃんやって来たんだね。

・・・良かったら一緒に宴会会場にでも行かないかい?」

「え、いいの?本当に?」

「別に構わないよ。博麗さんも多分構わないだろうし」

「本当?嬉しいな。誰も今まで私の事誘ってくれなかったから」

笑んだ顔の目がきらきらと輝く。その様子を目を細めながらは見た。




















「・・・成程、こいしが随分とお世話になったみたいで・・・。有難うございます」

「やや、本当に言葉要らずですね。いやいやこちらこそ勝手に妹さんを連れまわしたりして・・・」

「ああ、本当に楽しかった!お姉ちゃん、ほら!」

ばさばさと白い麻袋を被り、こいしは楽しそうに玄関を駆け回る。
その袋には丁度目の辺りに丸く穴が開いていて、

「幽霊の仮装・・・ですね」

「あー、はい。本当は私が使おうと思ってたんですけど、・・・って言わなくても分かりますか」

「ふふ」

こいしの姉・・・古明地さとりは閉じていた目を少しだけ開けて小さく笑った。
怖い人じゃなくて良かった、とぼんやりが考えると先程より大きくくすくすと笑う。

「本当にあなたは何も知らないのですね。・・・こんな地底にひょんとやってきて」

「人の居る家こそが私の居るべき場所」・・・ですか。そうでしょうね」

「・・・って勝手にはもらないで下さいな、お姉さん」

「・・・。台所を貸しましょう。それは有難く頂こうと思います」

「え?ああ、確かにちょっと里芋さんと蛸さんの煮物が冷めてて・・・」

慣れるまで調子が狂う?それはすいません・・・と言いながらさとりはについて来る様促した。
たはは、と苦笑しつつ彼女はさとりの後に続いた。





「お菓子か、ずらかるか!?」

「ああもう違うって、"お菓子か、悪戯か?”だってば」

「そうなの?」

見るからに猫と烏が客間の少し向こうでばたばたとしていた。
ピンク色のファンシーなソファ(勿論ふかふかだ)にとこいし、
テーブルを挟んで向こう側のソファに主のさとりが座ってその様子を見ていた。

「このお屋敷は随分とペットさんが多いんですね」

「ええ、・・・あの子達だけは私達の事を慕ってくれますから

・・・まだまだ沢山居ますよ?呼びましょうか?・・・ああ、ではやめておきましょう」

ゾンビと斧を振り回すペット達の実に微笑ましい事微笑ましい事。・・・いや、まあ本当に。うん。
再び苦笑するの隣でこいしは黙々と蛸と芋の煮物を頬張る。

「おいしいね、これ」

「そうでしょうそうでしょうなんて言ったって、」

「「芋蛸なんきんは女衆の大好物」」

重なる姉妹二人の声。
行き場を失ったはもごもごと口を動かして不満そうに口を尖らせる。

「せ、台詞を盗んないで下さいまし」

「心を読まなくても分かっちゃうわ。って単純なのね」

「そうね、読まなくても・・・。・・・」

「?」



「準備が出来たわ!!」

がばりと視界の端で白いマントがはためいた。
は、と気がつけば目の前には斧。

「さあ、お菓子か、悪戯か!?」

「お菓子やるから悪戯はマジ勘弁」

ぱらぱらと自分の前髪が勢いで切れて落ちる。直前にちょっと動いてれば死んでただろう。

「もしそうなったらこいしがあなたを玄関に飾って・・・」

「ああ、もうそれ以上聞きたく無いって!

やるともやるとも、芋蛸なんきん最後の一個をさ!」

相当怖かったのか、半泣きになりながら彼女は最後の一個とやらを差し出した。
酔っ払いが持っていそうな折り詰めをどんとテーブルの上に置く。

「そうよ、最初っからそうやって言う事を聞いていれば良いものを」

「お空。あたい、あんたの話聞いてると頭が痛くなりそう」

お空、と呼んだ烏を赤毛交じりの猫がやれやれといった表情で後ろから見ている。
・・・だがその猫の手にも先程言ったようなゾンビ(ととりあえず言っておく)が握られているのだからなんとまあ、

「微笑ましい?・・・そんな事微塵も思ってなさそうですが」

「あははー・・・」

「あっ、南瓜のお菓子だわ!」

早々に折り詰めの包装を引っぺがしたこいし達は歓声を上げた。
きゃいきゃいと早速ペット達と入り乱れて橙色の鮮やかなお菓子を頬張りあう。

「すみません、折角頂いた物を・・・

・・・こうま?・・・紅魔館のメイドさんから分けてもらった?・・・そうですか、重ね重ね・・・」

「いやいや、楽しんで頂ければ十分です。それに・・・」


「・・・"今度は一緒にハロウィンしましょう”・・・?」


少し驚いたように薄く目を開いたさとり。
眼前には心を読まなくても分かるほど、満面の笑みの客人が居る。

「ハロウィンと言わずに聖夜でも、正月でも。またお邪魔しても良いですか?」

「あたいは大歓迎でーす!」「あっ、はいはい!私も!・・・で、何の話?」

楽しそうなペット二人とは裏腹に、さとりは困り顔だった。

「・・・でもこんな風に心を読まれるの嫌じゃないんですか・・・?」

「実際読んでみればわかるでやんしょ?私はそんなの気にしてません」

笑う彼女にさとりは戸惑う。以前やって来た人間達とはまた一味もふた味も違う。
接した事の無いタイプ。

いや、そもそも自分がまともに他の者と接した事があっただろうか?
それはない。だって私は・・・

「!」

手に伝わる暖かさに思わず体がはねる。
はっと顔を上げればの横でこいしが首を傾げていた。その彼女の、小さな手。

「お願い、お姉ちゃん。

私もっと色んな事を知りたいの」

こいしは、随分変わった。
では私は、どうだろうか?

お空やお燐が心の言葉でさとりの背中を押す。
・・・これ程自分のペット達が頼もしいと思った事は無い。
もごもごと口篭りながら答えを返した彼女の顔は、真っ赤だった。










「次の行事はクリスマスでしょうねえ」

「プレゼントならお燐に見繕ってもらうわ!」

もしやそれは死体なのでは・・・と小さくが言えば隣の猫がにゃんと鳴く。

「強い死体をあたいが見繕ってあげるよ、お姉さん!」

「・・・そいつはどーも・・・」

「今度はきちんと持て成しましょう。大事な客人として」

「そいつはどうも!」

ちょっとお、言葉のノリが大分違うじゃない。と烏が茶化した。
こいしと一緒になって笑う動物達には邪念の一つも無い。
勿論輪に混じっているも、だ。つくづく不思議な生き物だと思う。

「今度はもっと早くお屋敷に来てね。

そしたら一緒に温泉に入ってー、一緒にご飯食べてー、恋焦がれるようなさつり・・・」

「こいし、その話はまた後で。今日の所はお客様を帰さなきゃ」

「うん、わかったわ」

指折り指折りやりたい事を羅列するこいしをさとりが諭した。
それじゃあまたね、と小さく手を振る彼女にばいばい。とこいしも手を振る。

「帰りは一人で大丈夫って言ってたけど本当に大丈夫なのかねえ・・・」

「私の力で地上までどっかーん!って帰り道を開けてあげても良かったのにぃ」

「大丈夫でしょう。あれの能力なら・・・」

ぼんやりと呟いてさとりは笑う。一方の手には小さなこいしの手。
その反対の手を控えめに振りながら。

彼女の心には何が映っているのだろうか。それを知るものは居ず、
彼女の目に映るの後姿が次第に小さくなっていく。

闇の中に紛れて消えるまで、少女らは客人を見送っていた。










「じゃあ途中で宴会を抜け出してそんな所行ってたの?」

「まあ、そういう訳でさあ」

うふふ、とほろ酔い気分ではお神酒を掻っ込んだ。
勝手に飲まないの、と霊夢が彼女の手をはたく。

「よくまあそんな所に行くつもりになれるぜ」

「楽しかったよ〜?良い人達ばかりでさあ。あ、妖怪か」

「行く分には楽しいんだが色々な意味で疲れる」

がりがりと南瓜の中身をくり貫いている魔理沙の格好はいつもと変わらない。
まあ魔法使いだから当たり前か。とぼんやり縁側を覗く。
そこには日が変わっても宴会気分の妖怪共が要らぬ仮装をしていまだにどんちゃんやっていた。

「博麗さんもいつもと変わらないなあ。まあその格好自体が仮装みたいなもんだけど」

「はいはいお酒没収ー」

「ああんそんなあ!」

お猪口を奪われた拍子にはべちゃりと畳に突っ伏す。
縁側の向こうの酷く楽しそうな光景を見ながら、
あのお屋敷の皆を思い浮かべれば自然と笑みが零れる。


「おいおい、随分顔が緩んでるぜ。そんなに楽しかったの?」

「楽しかったよ〜!あークリスマスが待ち遠しい!」

「随分先じゃないの、聖夜は」

「あっという間でさあ」


そういえば神道っぽいのにこんな異教徒のお祭りやっててもいいのかなと眠い頭で考える。

幻想郷は全てを受け入れるのよ・・・そんな事を誰かが言っていた気もする。


「何にせよ、楽しい事は皆でやらなきゃ損だ」


いつか幻想郷全部を巻き込んで宴会やるんだい。
・・・そんな途方も無い事を思いながら彼女は宴会の輪に飛び込んでいく。





そんなハロウィンの日の話。










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ハロウィン全然関係ねえ!と思った方。正解です。長い上に落ち無し。最低だ・・・。
っていうかこれ何夢なんだ・・・。
芋蛸なんきんってやたらと言わせてますがただ言わせたかっただけなので特に意味はありません。
想起「芋蛸なんきんの怪」。タイトルは某有名浮世絵の捩りです。いやん。