向かうまでも無い訳で。





「本当に向かうまでも無かったな」

「本当ね」

スキマからすっと現れたるはスキマ妖怪八雲紫。
差していた日傘を幽雅な仕草で(何処かに)仕舞いながら縁側へと座った。

「やや、これはどうも始めまして。ワタクシ、しがない旅人でございます」

「ええ、さん。存じておりますわ」

「はあ、そうですか」

「ええ、ずっと聞いていたものですから。私の名前は八雲紫と言います」

「・・・聞いてたんなら早く出てくれば良いじゃないの」

「書生に参拝客にたびにん、ねえ。随分忙しい奴なんだな、

「まあねえ」

それぞれが言いたい事を言いたい様に言う。
ふふ、と紫が笑ってに答を返した。

「早速なんですけど、そのへんなのは私にも無理」

「えっ」

「というか、外してあげたくても外してあげられません」

「えー?」

「霊夢、あなたなら目を凝らせばよく見える筈。

あれは長い年月を経てすっかりの身体の一部となっている・・・。

取ってあげても良いけどそれは身体の一部を切除するという事。命の保障が出来ないわ」

少しだけ険しい顔をして霊夢がを凝視した。魔理沙も並んでじっと、

「・・・ちいと恥ずかしいんですけれども」

「ああ、くっ付いてるぜ。五臓六腑みたいなもんだな」

「えっ?」

「魔理沙、分かるの?」

「見えるかどうかは気の持ちようだぜ。あー見える見える」

「じゃあ見えてないんじゃないの」

調子に乗って脅かすんじゃないの。と紫は再び笑い、の方に向き直る。

「それで、それがくっ付いてる曰くを教えてくださいますかしら?」

「実にどうしようもない噺ですがそれでも良いんなら・・・」

「酒の肴ぐらいにはなるのかな?」

「魔理沙!」


「・・・いやあ、・・・人間を、喰ったのです」

「・・・・・・」

「・・・・・・それだけ?」

「ええ、それだけと言えばそれだけ」

「・・・もっと詳しく、ね」

多少苦笑しながら紫がそう促した。
余りに日差しが強いからか縁側の日の当たらない所にずずりと移動する。

「喰ったといっても私じゃなく、ご先祖様です。

ご先祖様は宴会のお好きなお方で、“その日”も宴会帰りだった。

所が、実に運が悪い事に激しい通り雨に遭ってしまったんで。

運が悪いと言いつつも、目の前にお誂え向きに寂れたお堂を発見したご先祖様は

此れ幸いとそのお堂の中へ入り込んだ。

そこで、人間を喰ったのです」

「どんな人間を?」

「分かりません」

「どういう経緯で?」

「分かりません」

「何だ、分からない事ばっかりじゃないか」

「だから困ってるんで」

腕を裾の中へ入れながら、はむむむと眉間に皺を寄せた。

「ご先祖様がどんな経緯で、どんな人間を喰ったのかは全く分からないんです。

・・・と言うか教えてくれないんです、ご先祖様」

「でも確実に“その日”から今迄好き放題していたご先祖様が

まるで人の変わったように丸くなって、人間を慈しむ様になったんですから」

「・・・・・・何か特別な人間を喰ったのかもしれません。

ご先祖様が亡くなってもこうやって子孫の私に呪い付いてるんですしー」

「げ、呪い?」

じっくりと近くで話を聞いていた魔理沙が一歩退いた。

「見た所、大した事無さそうな呪いね」

「大した事無いものが一番怖いんですよ、八雲さん」

「どんな呪いなの?幽霊を引き寄せる呪いとか?」

熱い茶を啜る霊夢がそう聞いた。この天気の良い日に良くまあそんなのを飲めるなあとは思う。

「いや、家に住めなくなる呪いです。

同じ場所に一日以上住み着く事が出来ないのです」

「なんだそりゃ?

どうして住めないだなんて決め付けるんだ?」

「一日以上泊まった宿がそれこそ文字通り潰れたり、水害で流れたり、

火事になったりすれば嫌でも決め付けたくなりまさあ」

おかげで生まれた時から風来坊、とは苦笑しながらそう言った。

「偶然の重なりかもしれないぜ?」

「本当にそうならどれだけ良い事か・・・」

「それよりあなたは結界の外からやって来たのでしょう?どうやって生活していたの?」

いつの間にか霊夢と同じように茶を啜っていた紫がそう聞いた。
スキマから出してきたのか茶菓子まで食べているのを不思議そうには見つめ、返す。

「今は便利な施設がいっぱいありますからね。

その日暮らしを云十年。野宿にも慣れました。何より、」

「ええ、あなたはそういう妖怪の血筋だものね」

「?」「?」

ぽかんとしている二人を余所に、妖怪と半妖もどきは顔を合わせて笑う。
尤も、半妖の方はこの方に隠し事は出来なそうだ、と肝を冷やしていたのだが。

「しかしまあ、この鬼火さん方が祓えないとわかったし、また暫く宿探しか・・・」

「半妖のあなただったら幻想郷は外より居心地の良い場所だと思うわ。

幻想郷の住人としてあなたを歓迎します。

後、良かったら私の知り合いにも紹介しておくわ。あなたが行動しやすいように」

「ありがとうございます」

ぺこりとは頭を下げる。
うむうむ、と腕組をしながら頷く魔理沙を霊夢が肘で小突く。仲の良い二人だ。

「博麗さんも魔理沙さんも有難うございます」

「面と向かってそう言われると、照れるぜ」

「魔理沙は何もしてないけどね」

「霊夢だってただ茶を啜ってただけじゃないか」

「その啜れるお茶を入れてあげたのは私でしょ」

八雲さんも本当に・・・ともう一回礼をしようと向き直れば彼女は忽然と居なくなっていた。
紫ってそういう奴よ、と霊夢は言ってまたも茶の代わりを入れる為に席を立った。

そんな巫女さんを見送りながら魔理沙はに囁いた。

「さっきの話だけどさ、礼なんて特に要らないからうちにも泊まりに来なよ」

「そりゃありがたいんですが何で小声なんで?」

「物事はひそひそ進める方が楽しいんだぜ」

ははあ、成程。といまいち訳が分からないが同意をしておく。
のその様子を見て魔理沙はにししと笑った。



いつの間にか太陽は傾き始め、辺りは黄昏に染まりつつあった。
幻想郷の中で見る、初めての夕暮れ。

それは外で見ていたものと変わらないはずなのに、妙に新鮮に、

・・・妙に懐かしいものに見えた。










**********
さあ霊夢のとこでお泊りだ(まずそれか)
時系列的に地霊殿終了ぐらい。無駄に異変に混じらせるとめんどくさいので。