すさまじい力で、彼女を引っ張った。





「っひ、!!!」

がだん!と乱暴に椅子に座らせられる。
その椅子は背もたれが無い何処かで見たような椅子で、

「ぴ・・・ピアノ・・・?」

『さあ、久々の来客よ。我輩に手を貸しておくれ』

やはり何処からとも無くそういう声が聞こえた。
だが目の前にあるのは随分と古いピアノのみ。しかもここは空き部屋だった筈。

ズガン!!と乱暴にの手が鍵盤を叩きつけた。

「えっ!?」

彼女の反応を見ても分かる通り、彼女の意思とは反した行動で。
その音に反応するかのようにピアノは怪しく黒光りする。

『矢張り人間に弾いてもらうのが一番だ!』

ぺきぺきとの手が軽く鳴った。余りに常識から外れた状態に彼女は目を白黒させるばかりで。

『手始めにピアノソナタから弾こうかね?お嬢さんはピアノの経験はお有りかな?』

「・・・っ」

ぶんぶん、と何も言わずには首を強く振った。軽く涙目になっている。
その答えにピアノは憤慨した。

『無い?弾いた事が無いだって?』

「は、はあ・・・」

『猫踏んじゃったとかさえ弾いた事が無いとでも!?』

「いやそれ・・・ぐらいなら・・・」

『有るのだったらそれで良し!今日は超絶技巧にサーカスギャロップ、

とにかく千切れるまで好きに弾かせてもらおうか!!!』

だゃん!!と再びの手が鍵盤を打ちつけ、















「ゆ・・・指が千切れ・・・りゅ・・・」

はぐったりと鍵盤に倒れこんだ。柔らかい頬に黒白食い込む。
ぶっ続けで演奏した曲は40を越えただろうか。とにかく人類の可能性を越えた演奏を彼女はやりきった。

『何弱音を吐いておる!

・・・しかし朝日さえ昇らなければそれこそ赤い靴の如く力尽きるまで演奏するというのに・・・』

「勘弁してくださーい・・・。・・・。ってもう朝!?」

西向きの部屋だからかまだ朝日はこの部屋を照らす事は無く薄暗い。
が、外から聞こえる雀の鳴き声は朝だという事実を彼女に突きつけるには十分だった。

「い、一睡もしてないのにー・・・」

『それはすまなかったな、お嬢さん』

びよん、とピアノから何かが伸びた。偉そうな、それ。髭。
光る目がぎょろりとを見ていた。

「・・・化けピアノ・・・」

『酷い言い様だな。我輩きちんとした名前があるのだが?』

「さいですか」

『その名もグランドハンマー!しかし人の手による演奏は何年ぶりになるだろうか。

内容はともかく実に楽しい時間だった。感謝する』

やたら冷たいソレ、良く見たら腕のような形状をしているソレには無理やり握手させられる。
がくんがくんと抵抗無く揺れるの顔には隈。お疲れ様です。

『この部屋にまだ住人が居た時は毎日のように大家と共に演奏会を行っていたものだったが・・・。

今はしがないこの野良ピアノにもまだ希望は残っているものだな』

「住人?大家さん?」

『それはそうと下で誰かが喚いているぞ。そろそろ朝の支度をせねばならんのでは?』

小さく、え、と呟いた彼女が自分の腕時計を見た。
もうすぐ八時、学校の始まる時間は八時半。

「ちっ、遅刻するーっ!!!」

がばりと彼女は立ち上がり化けピアノに挨拶もせず部屋を出て行った。
階段で転ばなければ良いのですが。

『化けピアノとは失礼な』

これは失敬。





「モモコさん達準備早すぎ・・・!」

味噌汁ご飯をかっ込み、彼女は屋敷を飛び出した。
家から学校まで自転車で二十分。只今八時十五分。万事休す。










「・・・で、遅れてきた訳だな?」

「す、すみません・・・」

ぺしぺしとスリッパの制裁を喰らいながらは謝る。ちなみに到着した時間は八時四十分。
おしい。だが遅刻である事は変わりなく。

「来週から長期休みに入るんだから生徒に示しが付くように

遅刻するんじゃないってあれほど念を押しただろーが」

「・・・はい」

全く、本当に気をつけろよー・・・とか言いながらDTOは保健室から出て行った。甘い。
彼もクラスの担任を務める身、朝のホームルームに遅れるわけにはいかないのだ。

「うう・・・また恥ずかしい所見られちゃいましたね」

「・・・そうですね」

かしゃりと仕切りのカーテンを開けて硝子がひょっこりと顔を出した。
彼女は大体この時間にはのいる保健室へとやってくる。
かといって保健室登校でもなく。硝子曰く低血圧が原因だとか何とか。

「今日は調子はどうですか?」

「・・・やっぱりちょっと・・・。・・・・・・今日は割りと暑いので」

暑い、と言われて彼女もふっと自分の前髪やうなじの毛が汗で張り付いている事に気付く。
ふ、と机の上のカレンダーをは見た。
四月?・・・ああ、まあまたどうせ神様の気まぐれだろう。と言う事にしておきましょう。

「そうですね、今日結構暑いし・・・ばてちゃうよね」

ぽりぽりと頭をかきながらはエアコンのスイッチに手をかけた。


「えーと、いつもの27度・・・」




「いつも、の”?」


彼女の背後から発せられたそれは、明らかな不信感を持った声色だった。そして耳に嫌に、残る。
はぴた、と止まって振り返った。恐る恐る、硝子の方へ。

「・・・え・・・?」

「・・・・・・なんでもないです。・・・27度、ですよね」

「あー、えと、うん」

突如人が変わったかのような物言いをした硝子に戸惑いを感じながらもはエアコンのスイッチを入れた。一瞬の間を入れて天井のソレが小さな音を立てて動き出す。





それからずっと、私は彼女に声をかける事が出来なかった。










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日々の天候とかを神が気まぐれに変えちゃうのが普通の世界だと思って頂ければ。