着信音は、黒電話。
『あっ、ー?今日は鍋よ!鍋!
アンタもなんか入れたいものがあったら自分で買ってきてねー』
一方的にぶつりと着信は切れた。
「鍋か・・・」
何を入れよう、白菜?それとも白滝?何を入れるかよりも、水炊きか、カレー鍋か、キムチ鍋か、
「意表をついてチャンポン・・・」
「何ブツブツ言ってるんだ?」
椅子のキャスターを軋ませながらハジメがの隣の席に座る。
部活の指導帰りだからなのか、その顔には汗が光っていた。
「あ、ハジメ先輩・・・いやあのですね今日の鍋どうしようかなーって」
「鍋?鍋なあ・・・俺は肉とかどっさり入ってたら嬉しいけど」
「鍋って言うよりそれはしゃぶしゃぶとかすき焼きに近くないですか?」
「鶏肉とかいいじゃん。鶏団子鍋」
「あ、それ良いですね・・・って!」
「あだっ」
ぺんぺんと小気味の良い音が職員室に響く。
そんないつもの”様子に他の職員達は苦笑いし、彼らの背後の教員は額に小さな青筋を立てる。
「べらべら喋ってないでさっさと仕事する、時間内までに教員日誌提出!」
「特に書く事無・・・「だったらもっと字を綺麗に書け!」
「あ、あのー・・・」
随分と控えめには挙手をした。
そんな姿にはあ、とこちらは随分大げさに溜息を付いた教師、通称DTO。
「・・・何をするか、わかんないんだな?」
「・・・はい・・・」
全く・・・と言いながら彼はにメモを取らせるよう促す。
まあ、まだ見習いだからな、とぼやく。
「見習いじゃなかったらハジメのより厳しくしてる所だぞ」
「こっ・・・今度から気をつけます」
しぱしぱと瞬きをしながらぎこちない動きで何度目かの”メモを取る。
ちぇー、何で俺だけ厳しい・・・とボヤキながら日記の文面をひねり出すハジメ。
それを先輩教師らしく厳しく指導するDTO。
そう、この光景は何度か見た事に、・・・。
「鶏団子鍋〜♪」
「楽しそうですね、モモコさん・・・」
「そりゃあ美味しいもの食べられるんですもの楽しいに決まってるでしょ?」
フンフン、と実に楽しそうな鼻歌を奏でながら鍋の準備をするOLモモコさん。
彼女はこのアパート”の住人の一人だ。
が通う学校からやや離れた場所に位置するやたらクラシカルなアパート。
駅から遠いが部屋は広いし、ついでに家賃も安い。
・・・が、調理できる場所は食堂にしかないし、風呂トイレもそれぞれ一個ずつ。
早い話が、アパートと言うより一軒のお屋敷の部屋を貸しているルームシェアな訳で。
外見も内装もアパートと言うよりは立派なお屋敷に近い。ちょっと贅沢な気分。
「今日は他の人少ないですね」
「ああ、どうせ職場に泊り込んで徹夜か、飲み会でしょ」
泊り込んで徹夜・・・とはある人物の事を思い出して苦笑した。
の部屋からお向かいの空室、その隣。
そこには貧乏書生が住んでいる。名前は文彦とかいった。
立派な推理小説家を目指すその彼は時折〆切りに間に合わないとか言って職場に泊り込みで小説を書いているのである。
彼の小説は地味にファンが居るらしいが、中々大きなヒットはしない。
まだ今は学生だから、今後が楽しみだ。と彼の担当者が言っていたのを私は知っている。
・・・それはともかく、今は鍋だ。この季節に、よくやるものだ。
「俺は飲み会じゃないぞー!遊んできただけだーっ!」
「お邪魔でござるーっ!!」
食堂のドアの向こうから、確かにそのけたたましい声は二つ聞こえた。
そしてその直後にどばん、という嫌に生々しい何かがぶつかる音。軋むドア。
「・・・呑んで来たんですね・・・」
「・・・・・・はあ・・・」
べしゃり、とずり落ちる音と共に軋んだドアが微かな悲鳴を上げつつ衝撃で開いた。
「いただきまーす」
「うっわうまっ!これうまっ!」
「あんた等もいただきますぐらい言いなさいよ」
顔面を微かに赤くしながらもしゃもしゃと鶏団子を頂く忍者、
(どうみても頭巾の下に鶏団子が吸い込まれているように見えるのは内緒だ)
・・・と、若干マスクが横にずれている覆面男。
(覆面の下から無理やり食べている所為かちょっと汁が覆面に染みてるんだけどそこはスルーした)
「ホラ、ももっと食べないと!この暑苦しいのに全部食べられちゃうわ!」
「暑苦しいって・・・男らしいと言ってくれ」
「男臭い」
「ひでえ」
もうモモコさんとのおなじみの”掛け合いを見せるのはお屋敷の住人、謎の覆面(自称)おとこマンさん。ちなみにモモコさんとおとこマンさんの部屋は階段を挟んで隣同士。
序に、はおとこマンさん側の一番奥の部屋から二番目の部屋。
ここに居る四人のうち三人はこのお屋敷の住人だ。
「やっぱり此処の食事は美味でござる」
「ヨシオさん白滝はみ出てます・・・」
ぎゃあぎゃあと口喧嘩を始める二人をよそにのんびりまったりと食事を進める忍者。
・・・忍者っぽい人、ヨシオ。彼はそこで暑苦しく口喧嘩しているおとこマンの友達らしい。
こうやって夕飯をちゃっかり頂きにやってくる率は一週間のうち五日ぐらい。
もう此処に住んでしまえば良いのに。・・・と私は思う。
・・・少し話が脱線した。とにかく、こんな風に酒を呑みつつもこのでの食事は平和に過ぎて・・・
・・・ん?飲酒ですか?
「あーもうモモコさんもおとこマンさんもこんなにビール空けちゃってー!
明日二日酔いになっても知りませんからね」
「良いじゃないのどうせもう週末になるんだしぃー」
「俺の呑みっぷりはますらおだー!!」
「殿も呑めば良いと思うでござるぅー!」
わいわいぎゃあぎゃあと肩を組みながら楽しそうにへべれけ状態の三人。巻き込まれる一人。傍観する私。
そんな騒ぎの中ひっそりと時計が十二時の音を鳴らした。
「うー・・・ちょっと気持ち悪い・・・」
ふらつきながら彼女は自室に向かって階段を上る。
壁側の飾り窓から月に照らされて影が伸びる。きしり、と階段が小さく軋み笑う。
吸い込まれるように、彼女はその戸を開けた。
「んー・・・」
「・・・ん?」
いつもとは違う様子に彼女は一瞬違和感を感じた。
電気をつけようとしてもスイッチはうんともすんとも言わない。
むわ、とかび臭い匂いが彼女の鼻腔を突いた。
「・・・あれ」
どうやら彼女は自分の過ちに気づいたようだった。
自分の部屋は一番奥の部屋の隣。今自分が居る所はその隣、つまり一番奥の部屋。
空き部屋、だ。
「間違えちゃっ・・・た」
まずい、と小さく呟いて彼女は自分の背後のドアノブに手をかけた。
「・・・えっ?」
うんともすんとも、言わない・・・。
『どうかしたかね、お嬢さん』
耳元で聞こえた声に彼女はぞっとした。
その肩に嫌に冷たい何かが食い込む、いや、肩を強く掴み、
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住人紹介を兼ねての文章。
住人は多分増える。