紅茶のあの芳しい香りが鼻をくすぐる。





夢の中でもこの触角、味覚、聴覚は感じるものなのか?
それは良く分からない。

しかし自分の脳が作り出した幻想なのだ、感じるものは感じるのだろう。感じているのだろう。

「・・・・・・」

出された紅茶を啜りながらはそんな馬鹿馬鹿しい事を考えていた。

「そういえばミルクは要りますかな?」

「・・・、いいえ、結構です」

味は、感じる。多分。飲み慣れ・・・ては居ないが(あの人は緑茶派なのである)
まあ普通の紅茶の味だ。

「貴方の脳みそが紅茶のその芳醇な香りと咽喉に染み渡る温かさを、

何から何まできちんと記憶してるんですよきっと。素敵ですねえ」

「・・・だから考えを読むのは止めてくれませんか・・・」

うむむ、と軽く諦めたように頭をふって、彼女は紅茶をテーブルに戻した。
なんだかんだ言いながら飲みきっている所が妙に律儀だ。

「・・・それで、」

「はいはい」

「・・・私は何時になったら目覚めるのでしょうか」

「さあ」

実にひょうひょうとした返事だ。
まあ予想はしていた訳だが。

「知ってても教えてあげませんけどね。もっと一緒に居たいですしー」

「・・・・・・はあ」

「折角こうやって対峙する事が出来たのです。もう少し喜んでみては如何で?」

「・・・喜ぶ、ねえ」

はあ、と再び溜息をつき彼女は気だるそうに視線をそらす。
おやおや、堂々巡り、と彼は言った。

「何かお話をして差し上げましょうか?子供は総じて年配者のおとぎ話が好きなものですから」

「まるっきり私を子ども扱いなのですね」

ふう、と三度溜息。

「違いますか?」

「・・・否定はしませんが」

うふふ、と彼はひらひらと紙飾りを揺らし笑う。
暫くその様子をまじまじと見た後、は言った。

「・・・それでは、貴方のお話をお聞かせください。テントさん」

「おやおや、おぜうさんはこんなしゃがれたへっぽこテントのお話をご要望で」

「・・・だって、貴方はとても・・・その個性的じゃないですか」

「私の事が気になるので?」

「ええ、とても」

そうですか、それでは。と彼は不意に自らの身体を隠すそれに手をかけた。

ひらり、と顔の部分が除けられ、中から金髪がきらりと光って、









光って、




















「おい・・・おい、、大丈夫か」

「う・・・ううん」

ぱちりと目を開ければ明るいオレンジ色が目に入った。

「おい・・・大丈夫か?」

「あ、・・・えとあー・・・はい。す、すみませ・・・ん・・・?」

きょときょとと周りを見回す。見慣れた”光景だった。
ほのかに香る消毒液のにおい、白で統一された清潔な空間。

「蒼井に連れてこられたらコレだよ。全く俺の寿命を縮めないでくれ・・・」

ぺん、と軽く出席簿で頭を叩かれる。滅茶苦茶に乱されていた髪がずるりと落ちた。

「蒼井も気分悪いんだったらきちんと病院に行って薬貰ってきた方がいいぞー」

「・・・はい、すみません」

がらがらと引き戸を開ける音、ぺたぺたとスリッパが出て行く音。
そして良く通る声が静かに返事をした。カーテンで仕切られたベッドを見ながら、
ああ、蒼井さんは又気分を悪くしちゃったのか、

と、

「いっ?」

ずきずきと叩かれた部分が、と言うより頭の中からじわりと響くようにそこが痛んだ。

「・・・そんなに効く攻撃だったのかな・・・」

ぶつぶつと呟きながら彼女は、は着ていた白衣の乱れを直した。
ぱふぱふと埃を払う。最初はこの白衣に着られていた感じだったが、今は随分と馴染んだ気がする。

、気がする。

「・・・先生」

「あ、はい?」

カーテンの間から蒼井さん・・・こと蒼井硝子がこちらを覗いていた。
さらりと空色の綺麗な髪の毛を耳にかけながら彼女は言葉を続ける。

「・・・その、・・・先生は、」

「?」

何かを躊躇うかのように憂いた瞳を伏せながら彼女は首を振った。

「やっぱり、良いです」

「え?」

そう言うと彼女は再びカーテンの向こう側に引っ込んだ。

「蒼井さん、何か私に言いたい事があったら何でも言って良いんですよ」

その為の保険医です!と言っては誇らしげに、何処か恥ずかしそうにへらりと笑った。
そんな様子を見て、ふっと硝子は吹き出した。

「・・・やっぱり、良いんです。先生って、面白い」

「えっ?そ、そうですか・・・」

えー?と多少不服そうに言いながらも硝子の様子が元に戻った事ではほっと一息ついた。

「そろそろ教室に戻ります」

「あんまり無理しちゃ駄目ですよ?また気分が悪くなったら何時でも来ていいですからね?」

そう言うと再び硝子は微笑んで

「先生、面白い。

・・・ありがとうございます」

そう言って保健室を出て行った。
タイミングを計ったかのように授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

その後姿をは何処か心配そうな笑みを浮かべながら、軽く手を振った。










なんなのだ、この言いようの無い違和感は。





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そんな事言われましても。