自分でこれが夢だと意識できる、・・・明晰夢だったと記憶している。





「自分で思い描いた事を実行できるとか」

「ええ、そうなったら素敵ですねぇ」

へらへらと力無く彼は笑う。

「私、今すぐに夢から覚めたいと願っているのですが無理なようですわ」

「それは大変ですねえ」

自分の嫌悪さえも軽くあしらわれる事には少し苛立ちを覚えた。
夢”の中で目覚めたのはつい先程。夢の中の時間感覚がどれほどまでに正しいかは分からないが。

「そう焦らないで、おぜうさん」

「まだ楽しい事は何もしていないではありませんか」

そう言って目の前の彼は再びへらへらと笑った。
椅子に座らせられているの手首を鎖と鍵ががっちりと固めている。


夢なら早く覚めて欲しい。










忌々しそうには手首の錠前を見た。
こんなにがっちりと固められるのは何時振りだろうか。

(確か・・・、三佐と初めて会ったあの時だった気がする、

・・・・・・三、佐・・・?)

ぱちん!と鋭い音では我に返る。
目の前には白い手袋。良い音で鳴らしますね、とは少しだけ彼の事を褒めた。

「それはそれは!」

ありがとう!と彼はへらへら笑いではなく心からの笑い、と言った方が良いのだろうか。

「・・・・・・」

その笑いは余りの緊張感の無さに気が抜けるほどで、

「・・・頭が痛いです」

「おやおや、それは大変だ。一旦錠前を解いてあげませう」

再びその良い音が部屋の中に響く。じゃらん!と鎖は解け錠前は何処かへ消えてしまった。
ぼんやりとはその様子を見ているだけで。


(夢の中なのだから何が起きても不思議ではないだろう)

「懸命な考えだ」

うふふ、と彼は笑い、手を差し出した。

「さあ、こちらへ」

「・・・・・・ええ」

この人は信用できないが、夢の中なのだ、まあ付き合ってあげても良いだろう、

(変な人だけど害は無さそうだし)

「おやおや、変な人とは失礼だなあおぜうさん」

「・・・前言撤回。人の考えを読む人が無害な訳が無い」










「さあさあ、今度はそこに座って」

「・・・・・・」

渋々ながらもは言われた通りに椅子に座る。
座る際に椅子を引いてくれたあたり、根っこの辺りは紳士的らしい。

白い手袋が不意に頭を撫ぜた。
体調は大丈夫ですか?と頭上から声が降ってくる。

「や、・・・まあ大丈夫です。さっきのは言葉のあやと言いますか・・・」

「おやおや、そうだったんですか?」

手品、実行すればよかった。と彼は残念そうに呟いた。
あれは手品をするつもりだったのか。とは内心焦った。どんな手品だったんだ一体。

・・・しかしまあ明晰夢というものは自分の心理を覗くものだと聞いた気がする。

一体彼は私の心の中の何処に住み着いていたのか。

色とりどりのひらひらした布。パーティ用の三角帽子。
紳士の雰囲気漂う白手袋。顔は見えず、偶にちらちらと金髪が布の下で見え隠れするだけ。

(記憶の何処を探してもこんな人居ないと思うけどなあ)

「それは当たり前、私の方から入ってきましたから」

「・・・・・・」

「あっ、信じてませんねえ」

年長者の言う事はきちんと聞いた方が良いですよー、と彼はそう言った。
彼、・・・彼。

「・・・貴方の名前を教えてください」

「テント・カント。最上級の手品師でありしがない魔術師!

さあ、貴方のお名前は?おぜうさん」

「・・・私は、「ええ、知ってますとも!それがおぜうさんの名前」

でしょ?と言って彼は再びへらへらと笑った。

「・・・馬鹿にしてるんですか」

「とんでもない!貴方が私の事を良く知らないだけで、

私は貴方の事を良く知っているという只それだけの事なのです

実に単純明快で分かりやすいすれ違いだ、興味深いでしょ」

「・・・そうですね・・・」

ふう、と半ば諦めつつ彼女は溜息をついた。





夢は、まだ覚めそうに無い。





**********後書き
なんだこれ。