「狗、茶」

「ボクにもお茶ちょーだいっ」

、私にも頼む」




   





なんだかんだありながらもすっかり来訪者ヴィルヘルムはこの場に馴染んでいて。
のんきに新聞まで読んでいたりする。

「野菜に残留農薬か・・・おちおち青汁も飲めなくなったな・・・」

「・・・青汁飲むんですか・・・」

「健康にいいぞ、好き嫌いはいかん」

まるでどこかの家庭のお父さんのような台詞、
そんな事を思いながら新聞を真剣に読むヴィルヘルムの横顔をはじっと見ていた。

マントを取り、ベストにズボンと言う軽装の彼の顔には、
元の世界から持ってきたものなのか古めかしい鼻眼鏡がご丁寧にその場に収まっていた。
ふむ、と記事の内容に首を傾げるたびに、フレーム脇に付いた鎖が控えめに朝日に揺れる。

「・・・オイ、茶を出せって言ってるだろうが

低い地を這うような声に思わず我に返る。びくっ、と背筋が跳ねて冷や汗が滲む。

「も、申し訳ありませんっ・・・」

「私に見惚れてたのか?」

至極楽しそうに新聞を捲りながらヴィルヘルムが笑う。

「へあっ!?」

「はあぁ!?」

「二人ともタイミング合い過ぎ」

くすくす笑う酷卒を極卒が顔を真赤にしながら嬲っているその横で、ヴィルヘルムが言葉を続ける。

「お前の視線が嬉しいほど突き刺さったぞ」

「いや・・・あ、あのそれは・・・」

「照れなくても良い」

「照れてるわけでは・・・」「早く茶を出せッ!!

我慢の限界を超えたのか極卒が声を荒げる。
彼の手元で首根っこを捕まれぼこぼこにされた酷卒がぶらぶら揺れていた。

自分も茶を欲しいと言おうと思っていた一佐はすっかりタイミングを失って空気と化していた。
未だに彼は状況を聞かされていない。哀れである。

ちなみに達が居るのも一佐の部屋だったりした。










「そういえば・・・」

一佐の部屋での一服の後、基地内最奥の極卒の部屋に戻る道中、がふと思い出したように問うた。

「ヴィルヘルムさんはこんな所でのんびりしてて良いんですか?」

「この世界に来てから鏡の中で400年寝ていたからな。今更急いだってどうにもならん」

400年ですか!?わあー!」

そのまま永遠に寝てろ

毒づいた極卒をスルーしながらヴィルヘルムが言葉を続けた。

「鏡の中に送られて疲れ果ててうたた寝してしまった訳だ」

「うたた寝で400年って流石にどうかと思うよ〜かにぱんくーん」

「まあまて、400年と言っても私の世界に換算すればほんの些細な時間だ

あと私はかにぱんでもなければ羊でもない」

「えっと・・・それってどれぐらいの時間なんですか?」

「・・・ざっと4ヶ月ぐらいだな

どっちにしろ寝すぎ^^










、ここの書類の金額・・・計算が間違っているぞ」

あっ、ほんとですね。ありがとうございます、ヴィルヘルムさん」

「ここはここは?どうかなどうかな、間違ってるかな、かな」

「字は汚いが計算は合ってるようだ、黄色いの」

和気藹々とした三人。その雰囲気をぶち壊さん限りに極卒は眉間に皺を寄せていた。

なんでこいつ等仲良さそうなんだ

いらいらしたまま部屋に着いた極卒が真っ先に頼んだのは先月の基地内の必要経費の計算だった。
もちろん八つ当たりの嫌がらせである。
どさりと溜めに溜めた領収書やら書類やらを机にブチ撒けにまりと笑って

明日までにきっちり仕上げろ

・・・思えばソレが間違いだったのかもしれない。
余りの書類の多さに半べそをかきそうになっていたをまず助けてやったのはあの他でもない
ふざけたかにぱん仮面野郎だった。
思いのほか学があるのか、慣れた手つきで電卓に手を滑らせ経費を計算する。むかつく
たどたどしい手つきで計算していたの答えを確認する。むかつく

・・・とりあえず視界に入れるのも腹が立つ・・・

フン!と顔をそらせてすっかり冷め切ってしまった緑茶を飲んだ。
それでも嫌でも聞こえてくる三人の何処か楽しそうな会話。

「・・・・・・・・・」

「ねえねえ」

っ!!?

無意識に聴覚に神経を集中させていた所為か、不意に声を掛けられてびっくりする極卒。
声のするほうに向けば机の端からちょこんと顔を出して酷卒が見ていた。

「・・・なんだ、何か用か」

「あのさー、三人で書類の処理やってるんだけどね、やっぱりちょっと人手が足りないの

・・・手伝ってくれるかな、かな?」

「・・・はあ?なんだと・・・?」

はっと気づく。こいつ、もしかして。

机に隠れた表情、きっと笑ってるんだろう。ボクが、このボクが・・・

「ボクが寂しがってるとか思ってそんな事言い出してるのか?」

えー?誰もそんな事言ってないじゃーん^^」

にまにまと笑う顔がちらりと見えた。コイツ・・・

「・・・いいか、ボクはに頼んだんだ。それなのになんでボクが手伝わなきゃならないんだ?

それよか何でをお前らが手伝ってるんだ、一人でやらせろ

「だって一人じゃ絶対出来ない量だもん。可哀想だよ?」

「・・・とにかくボクは手伝わない。お前らで仲良く徹夜でもするんだな」

言い切った後、やっぱり気になるのかちらりと極卒の視線が二人の方に向かった。





「・・・は電卓使うの下手だな」

「えっ、・・・その、あんまり使ったこと無くて・・・ヴィルヘルムさんは上手いですね」

「上司たるもの部下の見本になるよう何でもこなせなければならんからな」

「はあー・・・!なるほど・・・」

「余り使ったことが無いのだろうが両手で打つのはやめろ

いいか、こうやって・・・」


次の瞬間、極卒は普段から見開いている目を限界まで見開いた。
の後ろにまわったヴィルヘルムが手の動きを教えてやっている。
傍から見れば、後ろからぎゅう、と手を合わせ抱きかかえられているような、格好で。
ちらりとヴィルヘルムが極卒を見て、勝ち誇ったように笑った。

「ひゃ、・・・えと、そ、その・・・?」

「・・・、いいか?こうやって片手でキーを打て」

の手を取り打ち方を指導する。合わせた手に指を絡ませて、囁いた。


・・・慣れるまでが大変だがこうやって打った方が確実に早くなる

・・・良いな?


「あ・・・う、は、はい・・・」






「・・・オイ

「ン?なーに?やる気でも、出た?

・・・ああ、出たとも・・・

がらりと机から電卓を引き出す。随分と年季の入った古いモデルだ。
その電卓の主の白い額には青筋が立っていて、まさに臨戦態勢といった具合で。

やってやろうじゃないか・・・!!!










たたたたたたたたたたた

部屋には異様な空気が漂っていた。
机に向かう男二人が電卓に向かって尋常ではない速さでキーを叩き込んでいる。

マントと上着を脱ぎ去ったベストの軽装に、どこから持って来たのか事務用の腕カバーで挑むヴィルヘルム。
かたや自前の電卓にHBの鉛筆、普段じゃ絶対に見られないような腕まくり、額には日の丸に必勝の文字。
万全の体制で迎え撃つ極卒三佐。

いやあ二人とも早いねっ

「・・・そ、そうですね・・・」

本当に信じられないペースで目の前の書類が処理されていく。
一枚、また一枚、あっという間に山が終わる。

「先月の基地内の食費計算終わったぞ!」

こちらはガス代水道代電気代だ

何ィっ!?

ぐしゃ、と思わず極卒が書類を握り潰した。
無残にも皺が寄った所から書類に穴が開く。が あっ と小さく声を上げた。

「!・・・しまったっ

「フン、大切な書類をぐしゃぐしゃにするなど言語道断だな」

「う、うるさいッ!!・・・オイっ、もう書類は無いのか!?」

急に話を振られたからかがびくりと肩を震わせて飛び上がる。

「えっ・・・そ、そう言われましても・・・もう書類は・・・」

何?

すっかり綺麗になった机の上。酷卒が実に満足そうに笑っている。

「やーほんと早く終わったよね!助かっちゃったよねえちゃん」

え!?・・・あ、えと、そ・・・そうですね・・・」

にこにこ笑う酷卒の隣でが引きつった笑いを浮かべた。
ちらりと視線を向けるその先には何か化け物でも出てきそうなほど険悪なムードでガン付け合う二人が。

まんまと黄色いのの策略に嵌ってしまっているではないか愚か者め

それは貴様だって同じだろうかにぱんの化け物が

私はかにぱんでもなければ羊でもない!!

誰もそこまで言ってない!!!

とりあえず一通り喚いてから二人は再び沈黙した。いわゆるこれが冷戦である。


ちゃん」

「・・・は、はい?」

「お茶にしよっか^^」

「・・・え・・・そ、うですね・・・」










冷戦体制も食が絡めば停戦になるのだ。
先ほどまでの険悪なムードとはうって変わって(ある程度)平和な時間が部屋には流れていた。

それもこれも昼八つ時、おやつの時間のお陰だろうか。

「おやつとか言いながらなんでお前はどんぶり飯かっこんでるんだ」

「君達あんまり白熱してたからねえ、お昼跨いじゃったからご飯食べてないの」

多少眉根を寄せながら困ったように微笑むの前にティーカップが差し出される。
かちゃりと小さな音を立てて置かれたそれ、差し出したのはヴィルヘルム。

「え?」

、私が紅茶を入れてやろう。紅茶は好きかね?」

「あっ、紅茶好きです!ありがとうございます・・・」

一瞬驚いたような表情の後、ぱあっと晴れた表情では喜んだ。
それに反して極卒は齧っていたせんべいをぐしゃりと潰しかかった。

「食べ物を粗末にするな黒いの」

だーれが黒いのだ!!、お前もボクの狗ならそんなに軽く不審人物の茶を飲もうとするな!!」

誰が不審人物だと?

貴様に決まってるだろうがこのばかにぱん

あっ!そ、そういえばこのティーカップ此処のじゃないですよね?ヴィルヘルムさんのですか?」

慌てたようにが口を挟んだ。小さく酷卒がナイスと呟いた。

「ん?・・・ああ、私がそこから持ってきた」

親指で後ろの方を指すヴィルヘルム。その指が指しているものは壁にかけられた見覚えのある鏡。

「あそこから・・・?」

「鏡の中から取ってきたのだ」

きょとんとした表情で鏡を見つめた。ひとつ、ふたつ瞬きをしてぽん!と手を叩いた。

「見覚えがあると思ったらヴィルヘルムさんが出てきた時の鏡ですね?」

「ああ」

かちゃかちゃと手際よく紅茶を入れる準備をするヴィルヘルム。
ポットをあらかじめ温めるなど、思った以上に本格的なその作業が物珍しいのか、
はじっとヴィルヘルムの方向を向いていた。

むか、と極卒の眉間に皺が寄る。

「凄い顔してるよ」

「・・・うるさいっ

黙ってろと言わんばかりに極卒が持っていたせんべいの破片を酷卒の口に押し込んだ。
・・・それでも彼の視線はに向いていて。

・・・いつも、自分と一緒に居る時には見られない楽しそうな、子供のような表情。

「・・・眉間の皺深くなったね」

「・・・」

にやにや笑いながらせんべいをぼりぼり齧っている酷卒の頭を無言でなじる。
それに気づいたがあっ、と声を上げた。

「三佐、喧嘩は駄目ですよ?」

「・・・・・・うるさいな」

首を傾げながら心配そうに声をかけるに極卒は、
ぼそぼそとと不機嫌そうに呟き、頬杖を着きながらぷい!とそっぽを向いた。

まさか自分が不機嫌の種になっているとは露知らず、はきょとんとしたままで。
そんな極卒を見ながらヴィルヘルムはくすりと皮肉った笑いを浮かべて、





鏡の中の彼はその様子をじいっと見ていた。










**********後書き
長いので分割、・・・多分。
久しぶりに寒いギャグらしきものでも・・・。ちなみにmkは簿記3級でした(ギリギリ/どうでもいい)