嗚呼、何でこうなるの。






 





そう、あの時、書類を三佐の元へ持っていくのに、廊下を歩いていた、
ブーツの中に何か石のようなものが入ってるなあ、と思って、
壁に手をかけ、寄りかかった、その時

世界が反転した。










「此処・・・何処・・・!!!!」

半泣きで暗い廊下を歩く。石畳の廊下には全く光は無く、手探りで進む。
悲痛な叫びは虚しく廊下に響くだけ。

「うう・・・あっ!?」

がくん!と何かにつまづき傾斜のかかった石畳を転がり落ちていく。
ごつごつとした石が身体中にぶつかる。

べちゃ、と地に伏せた。

「い、痛・・・い・・・」

何でいつもこんな目に、と涙を拭って顔を上げると、





「・・・・・・」


身動き一つとらないの視線の先にはぼおっと暗闇に青く浮かび上がる鏡があった。
ゆらゆらと湯気のような青い光が鏡から零れ落ちる。
とても現実のものとは思えないその光景を、息を飲んでじっと見つめていた。

「す、凄い・・・なんだろうこれ・・・」

ゆっくり立ち上がり、身体中が痛むのも気にせずにその鏡に近付く。
触れようとすれば青い光が、まるで蝋燭の焔のように空気に流れ揺らめいた。

「夢・・・じゃないよね」

ぼそりと呟けば、今頃になって身体中の痛みに気づき、顔をしかめる。
夢ではない。それではコレは一体何?

「・・・・・・?」

ゆっくりと鏡の表面に触れる、と





・・・っ!!?

、と鏡の表面が水面のように波うち、

その手を、何か”が掴んだ。

ひっ・・・!!! いやあッ、何 これ」

ばっ、と手を離すと勢いで後ろに倒れこむ。
鏡はまだ先ほどのように波打ちながら、何か”を吐き出した。

青い光が透けて見えるその何か”は人の形をしていた。
長いマントをまとった古めかしいその格好、それに似合わない面妖な仮面。

鏡の中から滑る様に這い出すと、床より少し上の宙に降り立った”

Wer sind Sie?

えっ?

聞きなれない言葉に目を白黒させる。

仮面がゆら、と首を傾げるかのように揺れた。
倒れこんでいるに音も無く近付き、

「・・・Who are you?」

「え・・・、英語?

何が何だか分からず半泣きになっているにまた仮面がゆら、と揺れた。

「ああああの・・・その・・・?」

「ム・・・マテ、・・・久しく使ってない言語だな

まともに聞き取れる言葉で仮面の男がの言葉を遮った。
腕組をして首を傾げる。

「これで良い筈なのだが・・・お前は誰だ”」

「・・・へっ・・・?」

「お前は誰なのかと聞いている」

いっと仮面がどアップになる。びくっ、とがとび上がった。

「む・・・そんな怯えなくても良いだろう。・・・手を」

そういうと仮面の男は手を差し出す。その手もうっすらと透明がかっていて、

「え、あ・・・ど、どうも・・・」

恐る恐る手を伸ばすとゆっくりと握られる。半透明ながらも、その手はきちんと握れた。
ぐい、と引っ張り上げられる。

「あの、・・・あ、ありがとうございます・・・」

「礼は二度も言わなくても良い」

そう言いながらも、仮面の男は手を離そうとはしなくて、
の手を物珍しそうにべたべた触る。

・・・あのー・・・?

ん?ああ、生きてる人間に触るのも久しいものでな」

「・・・!!!

が鳥肌を立てた。も、もしかしてこの人は幽霊なのではなかろうか。
ああ、だからこの人半透明なのか、ってそうじゃなくて・・・!
っていうかなんでこの人半透明で宙に浮いてるの・・・!!!?

一人ノリツッコミをしていたらある事に気が付いた。

背中に回された手がぎゅ、とを包む。
異様に距離が近い。寧ろ零距離

こ、これはいわゆる抱きしめられているという状況なのでは・・・!!!?

「なっ、ななななな・・・!!!!?

温いな

酷く馬鹿馬鹿しい仮面を付けた男がいけしゃあしゃあとのたまった。

「ぬっぬくいなとかじゃなくて・・・!!離れてくださいええと、ゆ、幽霊さん!?

「別に幽霊と言うわけでは・・・」

「問題はそこじゃないんです!!!なんなんですか貴方!!」

ぐ、とありったけの力でなんだかふわふわしたその身体を押し返す。

「私の名はヴィルヘルムだ」

そうじゃなくて・・・!!!!

半泣きになりながらツッコミ返す。
む?が半泣きになっている理由が分からず首を傾げる仮面の男。

「貴方なんなんですか!?ええと名前じゃなくてその・・・

な、なんで鏡から出てくるんですか!?なんでそんな仮面被ってるんですか!?」

仮面はいけないのか?

だからそうじゃなくて・・・!!!

再び首を傾げると仮面の男もといヴィルヘルムはその仮面を外した。

「・・・・・・

ファサ、と赤い髪が外された仮面から零れ落ちる。
その髪よりもっと赤く、燃える様な瞳がを見据えた。

思わず、息を呑んだ。

「これで良いのかね?」

「え・・・あ、と・・・その、はい

思わずはいと言ってしまった!!!




















「えと、じゃあヴィルヘルムさんは今まで鏡の中で眠ってたって事・・・ですか?」

「まあ・・・そうなるな」

ふよふよと宙に浮きながらヴィルヘルムは簡単な経緯をに語った。
自分がこの世界に生きる人間ではない事、とあるトラブルでこの世界にやってきた事、
元の世界に戻れなくなってしまった故に今までずっと鏡の中に閉じ篭っていた事。

「・・・馬鹿馬鹿しい話に聞こえるだろう?

ふ、と自嘲気味に笑いながらヴィルヘルムが言う。

「・・・いえ、私はそんな事思ってません・・・確かに少しだけ信じられないですけど・・・」

す と、が手を伸ばす。少し透けてはいるものの、彼の身体には確かな実体があった。

「こうやって触れることが出来るんですもの。夢だなんて思えません」

「・・・そうか」

にこ、と微笑むの手をヴィルヘルムが握り返した。

「・・・やはり、お前は温いな」

、です」

む?と小首を傾げるヴィルヘルムにが繰り返す。

「私の名前はです。・・・最初の質問に答えてませんでしたから」

「・・・・・・・・・」


握る手に力を込めたヴィルヘルムが急に険しい顔になった。
の背後をじっと凝視している。

「?」

「・・・シッ

強く握っていた手を離し、の口を塞いだ。
開いたもう片方の手の人差し指をゆっくりと口に当て、静かにしろ”とジェスチャーを取る。


カツ ン


と、靴が石畳を叩く音が微かに響いた。

「・・・・・・!」

「・・・・・・」


カツ、カツ、カツ


次第に早く、大きくなってくる足音。
そして薄ぼんやりと照らされる石畳。

ぐい、とヴィルヘルムがを引き寄せた。

「・・・!」

一瞬呆気に取られ、彼の腕の中にすっぽりと納まっている事を理解するとの顔が熱くなった。
何を、と問おうとすればきゅう、と滑らかな手触りの手袋がきつく口を塞ぐ。


ゆらりと、影が揺れて、

、そこに居るのか?

「・・・極卒三佐っ

口を塞いでいた手の感覚が消え、は思わず声を出した。
薄い明かりのカンテラを持って目の前に現れたのは我が上司極卒。

「こんな所で油売ってたのか」

「・・・その、申し訳ありません」

しょんぼりとがうな垂れる。そういえば持っていた書類もいつの間にか何処かへいってしまった。

「何処探しても居ないし・・・全く世話のかかる狗だな、お前は」

ぐい、と不意に首元を引っ張られる。首輪からはいつの間にか見覚えのある鎖がしゃらりと揺れていて。

あわっ

石畳に足を取られぐらりと世界が揺れた。

「・・・・・・?」

べたりと、惨めに石畳に突っ伏すかと思えばそれは寸前で止められていた。
の腕を掴むその手を見上げれば

「ヴィルヘルムさんっ」

「慌ただしい娘だな」

ん?

鎖の先の極卒が振り向くとあわあわとが慌てた。
(なんとなく)ヴィルヘルムが見つかったら大変な事になりそうだ、と思ったから。

「・・・今こけたと思ったんだが・・・何一人でぶつぶつ言ってるんだ?」

え、一人・・・あ、そのええと、な、なんでもないですっ

あはは、と異様に明るい笑顔を返し、早く戻りましょうよ三佐と話をはぐらかす。

「・・・?そうだな、仕事はまだ残ってるんだ。お前を散々こき使ってさっさと終わらせないと」

はあ・・・

頭にクエスチョンマークだらけのが小さな声で居るはずのヴィルヘルムに話しかけた。

「(えと・・・なんで三佐には貴方の姿が見えてない・・・みたいなんでしょうか)」

「私の力を持ってすればソレぐらい容易い。

今この世界で私の声を聞き、姿を見る事が出来るのはだけだ

はあ〜・・・凄い・・・ですね

何か言ったか?

「いっ、いえ、なんでもありません」

訝しそうにを見つめる極卒が首を傾げながら再び歩き始める。

、あの偉そうな男は誰だ」

「(私の上司の極卒三佐です)」

「上司だと?フン、上司の風上にも置けん奴だな。自分の部下をこんな風に扱って・・・」

「(ヴィルヘルムさんも何かお仕事をしていらっしゃったんですか?)」

「私もあの男と同じ、まあ上司というのに当たる。そんな役職についていた

まあ私の方がずっといい上司だが

ふん、とやや不機嫌そうにヴィルヘルムは言った。
実際彼がいい上司なのかは彼の部下のみぞ知る事なのであるが、まあそれは割愛させていただく。

後ろにはぷんすかと怒る上司”ヴィルヘルム、前にはなんだかこっちを疑いの目で見る上司”極卒。

・・・なんだか、ややこしい事になってきた気がする・・・










「じゃあ、とりあえずこの書類の処分、全部お前に任せるぞ」

どっさー!と目の前に落とされた紙の
みかん箱の上にどざららと乗り切れず雪崩を起こす。

ええ!?・・・ええと・・・期日は・・・」

今日までだ

そんな・・・!

もう時間は夕飯の時間、といった感じで。
一瞬絶望に満ちた表情をしたを見て極卒はにまにまと満足そうに笑う。

「お前がどこかへ行って油売ってたからなあ・・・その間にこんなに増えちゃったんだ」

「・・・・・・」

自業自得だからしょうがないか^^

呆然と散らばる書類を見つめる
その顎をくい、と持ち上げると極卒はさらにのたまった。

「ま、少しぐらい期日を延ばしてやっても構わんが〜?」

「ほっ、本当ですか!?

「・・・ただし、その代わりに何をしてもらうかなあ〜?

ぎょろ、と虚空を見ていた目がの方を向いた。
その目に射抜かれてどき、と一瞬びくつく。

「また・・・靴でも舐めて貰うかな・・・?

そ、それは・・・ご勘弁を・・・

っと、それこそ舐める様にを見ながらじりじりとに近付いていく。

一歩進めば一歩退き、

また一歩、

おい



「ふへ!?

が一歩下がるとぽす、と何かにぶつかる。
見上げれば仮面を付けたヴィルヘルムが半透明ではなくきちんとした実体で、
近寄る極卒から守るかのようにをマントで包み込んでいた。

「ヴィルヘルム・・・」

さん、と続くはずのその声は乾いた銃声によってかき消された。
まさにコンマの世界。
極卒が懐から取り出した拳銃で何のためらいも無くヴィルヘルムの頭を仮面ごと撃ち抜いたのだった。

「きゃあ!・・・さ、三佐、いきなり何するんですか・・・!!!

生理的にむかついた

そんな理由で!?

あわわ、と慌てて後ろを向けばそのままぎゅう、と抱きしめられる。
予想外の展開に思わず極卒が顔をしかめた。

何・・・?

「残念だが私はそんな事では死なん。多少は痛むがな」

ヴィルヘルムが仮面をばさ、と取ると穴こそ開いているものの全く血も出ていない。
が呆然と見ている前でその穴はぷちりと小さな音を立てて消えてしまった。

誰だお前は

がちり、とヴィルヘルムの額に銃口を突きつけ極卒が問う。
微妙に青筋が立っているのは気のせいか。

「私は・・・」

あの、そのですね三佐ええとこれはそのもっときちんと仮定を置いてゆっくりとお話・・・

あわあわとヴィルヘルムの腕の中で慌てながら必死にその場を取り繕うとする
その直後、とんでもない言葉がヴィルヘルムの口から飛び出した。


私はの上司になる男だ

「・・・・・・」

「・・・はへ!?


だらりと嫌な汗が流れてくる中が息も絶え絶えに言葉をひねり出す。

「え・・えと・・・?私の上司・・・って・・・?」

「こんな自分勝手な奴より私の方がずっといいぞ

ボクに黙って配属変えでもしたのか?

そうだ」「違います!

くい、との顎を挙げ自分のほうに向けるとヴィルヘルムは喋りだす。

「私が元の世界に戻った暁には正式にお前を部下として迎え入れる

・・・いや、寧ろ妻として迎えたい

「なっ、なななな・・・・!!!


ん!! と何処か恨みの篭った音がしてヴィルヘルムががくんと頭を仰け反らせる。


何だかよく分からんがボクの狗を放せ

ぐい、と極卒に腕を引かれる。
今はなんだかその姿が無性に有難く感じて。

極卒三佐・・・っ!



ぎゅ、と思わず極卒に抱きついた。
その様子を見ながらむむむ、と眉をひそめた人物一人。

「・・・良いだろう、こうなったら実力で私の配下に就かせてみせる・・・

あれー?何やってんの?

ぐぐぐ、となにやら不穏なオーラを出すヴィルヘルムの後ろにちょこんと立っていたのは酷卒。

あれれ?だれだれだあれ?このええと・・・かにぱん

私はかにぱんでも無ければ羊でもない!!

羊なんて言ってないよお^^

あはは、と笑いながら初対面の不審人物ヴィルヘルムを小馬鹿にする酷卒。
流石と言うかなんというか。

そんな事をぼんやりと思っていると極卒の腕がぎゅ、と背中に回った。

「・・・

「え、はい、なんでしょうか」

・・・その、・・・あいつの言ってる事はでたらめだな?」

「・・・ はい。勿論ですよ?」

「・・・・・・そうか

きゅ、と僅かにその背中に回した手に力を込めながら、心の中でほっと息をついた。










「・・・というか・・・この状態どうやって収束つけるんですか・・・?

「・・・・・・・・・・さあな」










**********後書き
私にも分からない(死)
狗も〜な番外シリーズに出来たらいいなあとかそんな。
これからさんは3人のタイプの違う変態に悩まされるわけです(外道か)