脳裏に浮かぶ醜悪な道化
は
と
む
ね
せ
ん
そ
う
ご
っ
こ
コイツさえ、コイツさえ居なければ。
最悪の視界の中彼は進んでいた。
腹に決めたもの一つ。白旗を挙げる事。
あの“大佐殿”は間違い無く武器の格納庫の方で篭城している。・・・悠々と。腹が立つ。
あそこはこの建物とは完璧に独立している場所だ。
私が何をしようとも、この最悪の視界とあちらが計らった停電が奴らの足止めをしてくれる。
お誂え向きの悪天候は音を遮断し、行く手を阻む。大歓迎だ。
やるなら、今しかない。
数年間此処に潜り込んで働いてきたのだ。館内の見取りなどとうに頭に入りきっている。
まずはここで何とか降伏の意をあちらの方に示さないといけない。
その為にはまず、
「通信室・・・!」
荒唐無稽な作戦だと自分でも自覚している。
だが、地の獄に散らばった生き残りをいっぺんに説得するためには館内放送しかない。
一人ひとり見つけて集めてだなんてやっていられるか。
暗く、何処か血生臭い廊下を私は進んだ。音を立てるな?知るかそんな事。
そう突っ走っていた私はある気配に気付き、
「・・・・・・!」
戦慄した。何かが私を狙っているのが良く分かった。
感情の赴くままに振り向いた私は息を呑む。
最悪の視界だろうがその真っ赤な軍服と金髪は良く見えた、様な気がする。
「こっ・・・酷卒・・・二佐・・・!」
「あれえ?」
最悪の人物に会ってしまった。
「あなたも行くんですか、一佐殿」
「・・・はー・・・やめてくれないか。そんな心にも思ってない敬語」
心底嫌そうな顔をしながら彼は拳銃に弾を詰めていた。
年はとっているががっちりとしたその体格には若干きつそうな防弾チョッキを羽織り、その上からタクティカルベストを慣れた手つきで着用していた。
年端ととっても軍人は軍人と言う事だろうか。
「私だって行かねば成らんさ。当たり前だろう。
それに話によると格納庫の方が占拠されているらしいしな。とんだ一大事だ」
「格納庫か・・・確かあそこは古い戦車が放置してあったな」
思い出したかのように極卒はそう言った。・・・だが当たり前のようにそれは使えない。
そもそも此処は仰々しい軍事施設でも何でもないのだ。
ほんの気持ち分の武装と、飯だけは良く食う罪人共と、大量の黒い軍服と、鳩しか居ない。
“ここは我が国の領地ですからね”と示す為には欠かせないかもしれない。それぐらいの存在意義。
・・・とりあえず、“表向き”に見れば。
「この賽の川基地でテロが起こったなんて我が国始まって以来のとんだ出来事だ」
「どんな始末書書かされるんだろうかね」
のんびりとそう言いながら一佐はそのご自慢の髭を整えた。どうやら準備は出来たらしい。
「ボクも直ぐに準備を整えて上に戻ります。
一佐殿は何処から入り込むので?」
「私は懲罰房の方から入り込むことにするよ。そういう手筈だ。
・・・囚人達が皆死んでなきゃ良いんだが」
「それじゃあボクは行きと同じく鳩小屋の方から」
「分かった。数名そちらに向かわせておこう」
そう言いながら一佐は足早にその部屋を出て行った。
上で戦闘が行われているからだろう、地下も少し慌しく、埃っぽい感じがする。
少し咳き込みながら極卒も同じように防具を着けだす。
その表情には、いつもの笑いは一切無かった。
「一京君惨めじゃないその格好」
「・・・・・・構わない!!」
武器防具を全て廊下に捨て、挙句の果てに着ていた上着も脱ぎ捨てて彼は土下座をしていた。
一向に頭を上げようとしない一京にすっかり戦意を殺がれる金髪一名。
「もう分かったからさー。怒ってないからさあ。
・・・何企んでるのか教えてくれない?」
ライフルの銃口の先で意地でも立つように促すと、酷卒は念入りにボディチェックを始めた。
正直、隙を伺って攻撃してくるものだと思っていたので面食らっていたようだが。
「私が向こう側の反乱軍の一員だったのは?」
「そりゃあ今の状況見れば分かるでしょ。何年間もスパイお疲れ様」
「・・・今思うと馬鹿な事をしたと思っている。・・・それはともかく、あんたの力も借りたい」
「も?」
「通信室は停電時でも通信が出来る仕様だったな?
それで館内の仲間に戦闘をやめるよう説得して欲しいんだ。私も兵士達に呼びかける!」
首を傾げながら酷卒は一京を解放した。廊下に脱ぎ捨てた上着を拾い上げ同じように確認し始める。
「何で〜?」
「降伏するからだ!」
「えっ」
ばさりと廊下に軽く積もった雪に上着は落ちた。多分もうぐしょぐしょだろう。
言葉の真意を読み取れないのか大きな目を何回も瞬きさせる酷卒に、ここぞとばかりに一京は捲くし立てる。
「私は向こう側の反乱因子。この偽りの反乱軍に入り込んで真実を確かめるのが私の使命だった」
「二重スパイ的な?」
「・・・」
「ともかく、このテロ行為の本当の目的はこの基地の地下だ。
・・・分かってると思うが、あるんだろう。あれが」
「・・・あるよ〜?」
微笑を一瞬引き攣らせ、また笑った酷卒が言った。傾いた首がぽきりと鳴った。
「・・・目的と言って置いて何だが、多分この作戦は成功する事を前提においていない」
「どゆ事?」
「この反乱軍は建前的には“向こう側の政府に反抗している反乱軍のうちの一つ”だ。
だがこの反乱軍は実際には向こう側の政府の隠れ蓑。
この国では一切報道されていないが反乱軍や民衆に対する非人道的な行為を行っている。
・・・反乱軍と言う建前で府内の邪魔者にも」
「んー・・・いつでも切り捨てられる都合の良い組織って事?」
「そうなる。・・・今頃分かって馬鹿馬鹿しいがな。
この作戦が失敗すれば国の上層部はきっと我々の・・・反乱軍に全ての罪を擦り付けるだろう」
「でも僕らが君たちの潔白を表明させてあげれば良いじゃない」
「そこだ!」
ぐい、と身を乗り出し一京は興奮気味に言った。
「只の何でもない、しかも反乱軍スパイの俺の言葉なんて誰が信じるか?国際社会が信じてくれるか?
お前らとぐるになってなんか企んでるんじゃないかなんて政府軍に言われて終わりさ。
ぎすぎすした国政は戦争を引き起こすぞ。お前らのしょ、」
しーっ!と彼の口を押さえ酷卒はその発言を遮った。
彼の大きな目が細められ、にんまりと笑う。
「それとコレとは話が別じゃない?良く其処まで調べたね」
「・・・それはどうも!」
「それで、もし成功しちゃったら〜?」
「その時は本当に踏み込む気だろうな。ありえない事だが」
「其処まで言い切るんだったらどうして事前に止めようとしなかったの」
「・・・止めようとしたかった。
・・・でもそれが出来ないんだ。だからあんたに今こうやって協力を求めている」
「・・・どゆ事?」
「・・・これだ」
青ざめながらゆっくりと彼はそれを酷卒に見せた。
パイナップル型の、実に普通の形をした手榴弾。
「コレが何か?」
「これはこの作戦に参加している子供達や兵士が全員持っている物だ。
・・・一見すると普通の手榴弾だ。ピンを引いて投げつけりゃあ即座に爆発する」
「・・・ただ、」
「ただ?」
「・・・それだけじゃない。これは遠隔操作型の爆弾でもあるんだ」
「は!?」
「大馬鹿野郎・・・じゃない。ええとこっち側の大佐がこれのリモコンを持っている。
ボタン一つであの世逝きだ。その大佐の所為で私はこの作戦を止める事が・・・出来なかった」
「失敗でドカン!仲間の怪しい動きがあってもドッカーンって事?
そりゃあ幾らなんでも短絡的過ぎない〜?だって自分も死んじゃうかもしれないんだよ?」
「それが出来る短絡的な馬鹿野郎だから言ってるんだ!!!
お国の為に死ねると本気で思える、行動できる思想の持ち主を政府はこの作戦の為に投入してる!」
「・・・八方塞なんだ・・・クソッ! ・・・・・・。
・・・この作戦に参加している少年達も・・・自分達が参加する事で
・・・貧困から脱出できるものと思っている・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・私は・・・この作戦を事前に止める事が出来なかった。忠実に従わなければ皆爆死・・・。
少年達はあの国内に居ても助かる見込みは無い・・・。貧困に政府の弾圧・・・。
この作戦が始まらなければ彼らを助ける事が出来なかったんだ・・・」
「・・・だから・・・降伏する。だから頼む!皆をこの国で保護してやってくれ・・・!」
ごうごう、と風が耳をきる音が暫く響いた。
再び土下座した一京はがちがちと震えている。無理も無い。上着は脱いだままなのだから。
「・・・」
「ちょーっと都合が良すぎるよね」
「・・・!何とでも言ってくれ!」
「・・・ふー・・・頭上げてってば〜。時間無いんでしょ?早く通信室行かないと」
「!」
「ただ、」
ぐい、と一京はあごの下に銃口を突きつけられた。
凍える寒さだと言うのにじわりと汗が滲んで垂れ落ちる。
「君には丸腰で居てもらうよ。本当の事かまだボクには分かんないし。
弟君に判断してもらわなきゃ」
「・・・構わない。何でも従おう」
そう言って二人は廊下を進み始めた。
時刻は丑の刻を廻った頃だろうか。雪はますます吹雪く。
・・・何処かで、鵺の啼く声が聞こえた。
**********後書き
続きをどうやって割りと矛盾少な目で書くかを首が千切れる勢いで捻って考えておりましたら、
・・・余りにも!遅すぎる結果に。
っていうか少な目じゃなくてもう矛盾ありません!と胸を張って言える位にした方が良いんですがね。
無理ですね。
それはそうと蝶展開。そんでもって前回のが余りに字数が少ないのでびっくりした。
・・・苦情は受け付けます。これ夢小説か本当に・・・。