些細な異変に、誰も気づかなかった。
は
と
む
ね
せ
ん
そ
う
ご
っ
こ
「げほっ」
眠そうな目を擦りながら少年は咳をした。
近くで少年と同じように待機していた兵がぱち、と目を開ける。
「す、すいませっ・・・っごほ、げほっ」
起こしてしまったことを謝ろうとする少年は苦しそうに咳をする。
むせた、とはまた違う咳の仕方に兵が違和感を持った、時
「うっ、げほっごほごほっ!!!げっ」
べしゃあ、と吐瀉物が床にぶちまけられた。ろくに物も食べていないためほとんどが胃液だった。
うーっ、うーっと呻く少年を見て流石に彼も焦った。
何かがおかしい。じわりと目に涙が浮ぶ。
「そろそろだね」
「そうだな」
暗い暗い通路の中で二人が呟いた。
それじゃ、ボクも行くね、と酷卒が言って手に持っていたソレを頭に付ける。
「せいぜい頑張れよ」
「応援の言葉ありがと。ちゃんによろしく」
がこん、と小さな音を立てて酷卒が地上へあがる。
ああ、
極卒がか細く返事して、踵を返した。
異変を感じた彼らの行動は早かった。
眼に強い刺激、嘔吐を伴う咳、考えられる理由は只一つ。
「三佐が考えそうな事じゃないか」
「そうだな」
廊下を走る彼らの口元にはしっかりと布が巻かれていた。
時折流れる涙を拭いながら迷わず走って行く。
いまや基地内に蔓延するのは眼に見えぬ兵器、無力化ガス。
ソレが撒かれたのに気づいた時には既に数名の少年兵らに被害が出ていた。
寧ろ被害が出て良かったのかも知れない。早めに気づくことが出来たのだから。と彼はぼんやり考えた。
片方の兵士がポケットから鍵を取り出し、開錠した。古ぼけた字でドアには備品保管室”と書かれている。
この中から目当ての防護マスクを見つけて持って行けば被害は最小限で済む。
ぱん ぱん
彼らの思考はそこでストップした。
中途半端に開かれたドアからはもわりと空気とは微妙に違うようなものが流れ出す。
部屋の中に一人、座っていた。暗い部屋の中で金髪が揺れる。
「わおっ、ほんとに裏切り者さんが来ちゃった」
顔面を厚く塞ぐソレに慣れないからなのか必要以上に息を荒げながら酷卒が立ち上がる。
「しかしまあ何でボクは備品保管室で待機なのさ〜。さっさと突っ込んじゃった方が早くない?」
「地獄の果てまで追いかけて後悔させてやろうと思ってな」
「・・・ボクを裏切ったことを・・・、か」
床に突っ伏したまま冷たくなってゆく元部下”を見ながら酷卒が呟いた。
きっと極卒はこの部屋に真っ先に裏切り者がやってくると踏んで自分を待機させたのだろう。
何処の部屋に目当ての物があるかを知っているのは紛れ込んでいた裏切り者以外居ないのだから。
「・・・いやー・・・我が弟君ながら執念深い・・・」
しみじみと呟きながらライフルを担いで天井裏に消えていく。
そろそろ他の部下達も動き始めた頃だ。
「ごほっ、」
戦闘の態勢を整えながら彼は一つ咳をした。口元には布をしっかりと巻き、眼をゴーグルで保護している。
不味いことになった。
苦虫を潰したような顔をしながら荒々しく銃に弾を装てんする。
無力化ガスを流されたことについてではない。それによって起こったパニックが彼の頭を悩ませていた。
びゅう、と風をきる音が引っ切り無しに耳に届く。べしゃ、と大きな雪がゴーグルに引っ付いた。
ガラスを失った窓は既にその重大な役割を失ったままがたがたと揺れていた。
ガスが流れていると知ってパニックになった少年達が換気の為にと窓を割ってしまったのだ。
確かに良い換気にはなったに違いない、だがその代償は大きかった。
あっという間に流れ込んでくる吹雪は無力化ガスよりも大きな被害をもたらした。
電気がついているにも関わらず薄暗い視界。ごうごうと耳をつんざく吹雪の音。
「・・・悪条件が揃ったな」
噛み締めていた唇から言葉をひねり出す。こちらは只でさえ戦力としては劣る少年達が居るのだ。
最早このパニックの中では役には立たないだろう。後は成り上がりの反乱軍と少数のまだまともな兵士だ。
脳裏に不意に大佐殿”の姿がよぎった。ぎらりと金歯を光らせ杖を振り上げている。
だめだ、それだけはさせない。
ぶんぶんと力なく首を振り彼は走り出した。
**********後書き
久しぶりに更新したというのにぐだぐだ先に進まないぜ。