目標発見













ぬらりと暗闇の中から白い手が伸びる。病的なほど白いその手は、
相手の口を押さえて、首に手を絡ませて









「・・・ふう!




暗闇の中で小さく酷卒が呟く。足元には一人兵士が倒れていた。
彼を暗闇へ続く奈落へ蹴落とし、満足そうに笑いながら手を腰へ当てた。


「こんな所にも見張りを置くなんて結構向こうさんも用心深いんだね〜」

くすくす笑いながらプロパンガス”のボンベを撫で上げる。




「詰めが甘いみたいだけど、ネ!




















ゆっくり、目を、開けた。
足元を見たら裸足だった。ふら、と目がくらむ。
それでも歩くのだけは止められなくて。ぺたぺたとタイル張りの冷たい廊下が気持ちよかった。

ああ、聞きに行かなくちゃ。

耳元であのひとが囁く。
念仏のようで、説法のようで、泣いているようで、笑っているようで。

不意に脇腹の傷が熱くなった。開いてしまったのだろうか。


それでも、










カツカツと小気味良い軍靴の音を部屋に響かせながら、
極卒が恭しく無骨な鉄骨の壇上に上がる。

そこは地下の部屋と言うには余りにも広すぎる、シェルター”のようで。
頭数は少なくなったものの精悍な兵士達が彼の言葉を今か今かと待ち侘びている。

きゅう、と静かな部屋にマイクスタンドを調節する音が響く。
粗末な机に乗ったスタンドがかたりと揺れた。

すう、と極卒が息を吸った。吸ったまま、目を見開いた。

部屋のドアが微弱ながら動いたのを視界の端で捕らえた。

まさか、 思わず声に出してしまいそうになりながら、ぎゅう、と唇を噛む。
演説に余計な言葉は要らない。演説家は場をわきまえ、相応しい言葉を選ぶのだ。


静かに息を吐き、そして吸った。

始めよう、聞かせてやらねばならない。今度は、最後まで




















極卒が、

歌う、謳う、声高らかに。


『敵は幾万ありとても 全て烏合の勢なるぞ 烏合の勢にあらずとも 味方に正しき道理あり!!』

『千万人といえども我行かん、断じて行えば鬼神も之を避くのである!!』


『我がなす事は神のみぞ知る!!!』


『今こそ、塗炭の苦しみに陥れられた無辜の民を救う時!!!』

『立ち上がるのだ!!』



彼が指揮者のように優雅に手を振り、彼の忠実なしもべは大きな声援でそれに答える。

黒い群集が波のようにうねり、周囲の空気を飲み込んでいった。

何故、私なのだろうか。

再びその問いが私の心を支配した。
私は彼の狗であり、そして彼の唯一の反逆分子だ。
ぎゅう、と自らのそれを握り視線を向ける。
肩に羽織ってきた軍服。赤い血に濡れてしまったそれは、黒ずんでいた。

結局、屈してしまったの・・・私は

その様子を壇上の極卒が見ていることに気づいた。

その姿はまるでよく見ていろ”とでも言っているかのようで。


・・・・・・・・・・よく・・・見なくちゃ・・・


はあ、と息を荒げる。急に痛みが襲ってきた。
足がふらふらする。前を見れない。駄目。見なきゃ、聞かないと、きちんと!

ゆっくり崩れ落ちるを、視界の端に入れながら、極卒は一層声を大きく謳い上げる。

まるで振り払うかのように。




















『各部隊の隊長は作戦内容をもう一度確認しろ!失敗は許されない!』

『ボクからのはなむけはこれで終わりだ』

作戦の決行は暁九つ 諸君、健闘を祈る

極卒が壇上から降りると列の前に居た隊長たちが指示をし、部屋から出て行く。
足並み揃える列をじっと見つめながら壇上の脇に極卒が佇む。

まだだ、まだ。

最後の一人が出て行くまで。私情なんて挟んではいけないのだ。

ぎりりと唇を噛み締める。唇と同じ色がだらりと垂れた。



ぱたん、と大きなドアが閉まって、極卒が歩き出した。
カツカツ、と早足に。そのうち駆け出して。

っ!!!!

部屋の隅にぐったりと横たわると、それに付き添う酷卒。
沈んだ顔をして手を握っている。の手が酷卒のそれと同じぐらい白く見えた。

どく、と心臓が跳ねた。いやだ

「っ、馬鹿!!!馬鹿狗が!!!なんで部屋から出たんだ!!!!

滑り込むようにして彼女の脇に座り込むと開口一番そんな言葉が出てくる。違う。
言いたいのはそんな事じゃない。

・・・今度は・・・

小さく呟く声が聞こえた。はっとしての方を向く。

・・・・・・・・・きちんと・・・最後まで聞けました

立っては聞けませんでしたけど・・・と小さく苦笑いをする。

・・・お前は!ボクがどれだけ心配したと・・・!!!

はいはい、小言はそこまでっ!


を抱き寄せながら酷卒が言う。安心したような、ちょっと複雑な顔で。

「でもさ、ちゃんも駄目だよ?傷ちょっと開いちゃってるし。

ただでさえずさんな手術で貧血気味なんだから本当に安静にしてなくちゃあ・・・」


ずさんって・・・

一佐が大きなため息を極卒の後ろでついた。
彼もまた、心配していたらこんな有様でやや肩透かしを喰らったようで。

それよりも・・・

私は、何をすれば宜しいですか?

びく、と一瞬だけ極卒の肩が揺れた。
引きつった表情で、を見た。

「・・・お前は、待機だ」

でも

「そんな怪我じゃ動けないだろうが」

「でもっ、何かお役に立ちたいです」

だったらボクを心配させるな

「・・・・・・はい」

しょんぼりとうな垂れるの頭を酷卒が撫でる。

「そんなに落ち込まないで、ね?いくらなんでも怪我しちゃってる君を前線には送れないよ」

「・・・私、皆さんの足を引っ張ってるのかと・・・思うと」

俯いたままが呟いた。頭を撫でていた酷卒の手が止まる。


「・・・私は・・・三佐や皆さんの足を引っ張ってます・・・。

衛生兵が怪我して動けないだなんて・・・本当に・・・申し訳ありません」


だったら、

の肩に極卒の手が置かれた。暗い表情のが極卒を見上げる。

「もっと安静にするんだな。

自分の体を少しは労われ・・・ボクの演説をわざわざ聴きに来たことは褒めてやる」


「それと」


ぎゅうっ、との首元に極卒が抱きついた。

「あ、あの?」

「・・・・・・・・・」

極卒が離れた後には懐かしい首元の重み。
手探りで確認するソレは、

「く、首輪・・・」

よっぽど仕事を欲しがってたみたいだからな。

お前にはこの見取り図を敵の手から守ってもらう重要な任務を請け負ってもらうぞ」

わざわざ言葉を強調しにやにやと笑う極卒に反して、顔を引きつらせた
・・・だがすぐに引き締めた表情になって、一つ敬礼。



「大変重要な任務を私に託してくださって有難う存じます。極卒三佐。

この命尽きるまで、精一杯任務を全うさせて頂きます



恭しく言い切ったの顔は、なんだか勝ち誇ったような、いつもとは違う笑みを浮かべていて。

そんなに、にやりといつもの笑みを浮かべて極卒が言った。





それでこそボクの狗だ










**********後書き
ミズハ タイセツニ ・・・ネ!(待て)
何だかんだ言って慕ってるんだねさんの回(何だソレ)
首元に再び首輪〜は5話と同じような表現にしてみました。
そしてなんだかんだ言って結局立派に調教されちゃってるんじゃないのコレ