もううんざりだ。














もう一度言ってみろ!!!

ギラリと光る金歯が私を威嚇した。

「・・・ですから大佐殿、先ほど申し上げた通り奴等は地下へ逃げ込んでしまった・・・」

つん!と鈍いような音がして私の目の前が真っ暗になる。
その後からジワリと痛みが頬に滲んできて、ああ、殴られたのか。と思った。

何と言う失態だ!まだ見取り図を手に入れていないのだぞ!!

地下の入り口もまともに分かっていない!!どうする心算かね!アァ!?


アアきゃつらめ!!!

髪を振り、掻き乱し、金歯を煌かせて大佐殿”はご立腹。
見守る少年兵や反乱軍上がりの兵士達もこちらの様子をじっと怯えながら見守っている。

ああ、彼ら・・・随分、数が減った。




















「入ってください、一佐殿」

がちゃりと音がしてドアが開く。
包帯を巻いた一佐が入ってくる。

「・・・!一佐、その包帯はどうなさったんですか?」

「気にしないでくれ給え、君。君は自分の体のことだけ心配してれば良い」

ちらり、と極卒を見ながら一佐が言う。

・・・君が元気でないと駄目になってしまう奴等が居るからな

「・・・んっん〜・・・?

えへん、とわざとらしい咳をして極卒が一佐を威嚇した。
一瞬だけびくりと一佐がはねて、それからベッド脇の椅子に腰掛ける。

「それで、・・・あー・・・極卒三佐、早速だが・・・」

「承知してます」

何処からか極卒が洗面器を取り出す。
中にはたぷたぷと水が入っていて、天井の電球の明かりをその水が灯していた。
りと波紋が広がる。

「?」

状況を飲み込めないが目をぱちくりさせながら洗面器、極卒、一佐を順々に見つめる。

「・・・あの?」

「持ってろ」

事情を聞こうとすれば極卒に洗面器を渡される。
ゆらりと水面が傾き危うく布団にかかりそうになる。
の頭にはますますクエスチョンマークが浮ぶだけで。

動くんじゃないぞ〜

「へ?」

にまりと一瞬意地の悪い笑みを浮かべる我が上司の手元を見れば、

ぎらり

と小さな銀色のナイフが握られていて。

「・・・へっ?」

「動くな!」

鋭い声に思わず硬直すれば、極卒のその手がの首にかかり、



ぶつっ 



「・・・・・!!!


ぽとり、と首輪が落ちた。

「え?・・・・・・えっと・・・?」

開放感と、首輪が無くなった事に伴う首の涼しさが妙に清々しかった。
ベッドに力なく落ちたそれを拾うと極卒は洗面器にそれを突っ込む。

「・・・?」

自分が持つ洗面器を覗き込めば、あっという間に透明の水が茶色く濁っていって、
ぷかりと濁った水の中から薄茶色の古ぼけた、


「・・・見取り図をそういう風に隠すとは中々考えたものだな、極卒三佐」

「えっ?」

「ええ、まあボク以外は思いつきませんでしょうね」

フフン、と自慢げに笑い洗面器から随分と形の変わった元首輪”を取り出した。
びろりと大きく広げられ、片方の端が一佐に手渡される。
一佐が立ち上がり、それを更に大きく広げる。

一体、あの首輪がどうやって化けたのだろうか。

・・・すごい・・・!

部屋を覆いつくさんばかりのその見取り図には実に細やかな字で所々の寸法が書き込まれていた。
各部屋の間取りも、何から何まで全てが丁寧に書き込まれている。

「そっ、それがさっき言ってた見取り図なんですね!?」

「ああ、そうだ」

広げ終わったその紙を極卒が壁に貼り付ける。
不思議な事に、見取り図が濡れている様子は全く無かった。

はあ〜、と感心しきった様子でがそれに見惚れる。


ふ、と気づいた。


何で私がそんな大事なもの持たされてるんでしょうか・・・っ?

事の重大さに今更気づき、だらだらと冷や汗が流れる。
付けられたその日の内に外してゴミ箱にポイとかしなくて良かった。
・・・と切に思いながら。

「・・・なんとなくだっ

ぷい、と顔を逸らして極卒が小さく呟いた。
その様子を見ながら、小さく一佐がため息をつく。

「・・・まあそれはともかく・・・。極卒三佐、その見取り図を私の部屋に持ってきてくれ給え

獄卒二佐も一緒にな。作戦を立てたい」

「分かりました」


ぱたん、とドアが閉まる。










「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


しばしの沈黙。破ったのは極卒だった。


「・・・お前を信用してみたかったからだ」

「えっ?」

なんでもない、忘れろ。と言って極卒がわしわしとの頭を撫でる。
目を閉じて、それを受け入れた。何だか懐かしいとさえ思えるその感覚。

、」

「・・・はい」

頭を撫でていたその手がゆっくりと頬をなぞって下に降りていく。
触れられた部分が、熱を帯びる。胸が苦しい。

自分をじっと見つめる極卒。
ぎっ、と極卒の座っていた椅子が軋んだ。顔が近い。吐息がかかる。

っ・・・三佐

ぎゅ、と堅く目を閉じて、










「ぐぅ」










「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

間の抜けたその音にそれまでの緊張が嘘のように解かれた。
声の主は、


「寝ちゃったんですね・・・二佐」

「・・・お前の看病・・・につきっきりだったからな」

すうすうと、それはまあ幼子のような安らかな顔で酷卒が寝ていた。
一佐が入ってくる前に極卒に伸されてから、そのまま寝てしまったらしい。

そうだったんですか・・・

少しだけ申し訳無さそうな顔をして、が眠る酷卒の頭をゆっくりと撫でた。
薄闇に良く映える金髪がさら、と流れる。

その様子をじっと、なんだか面白く無さそうに見ながら極卒が呟く。

「・・・安心しきってるんだな

え?・・・ええ、そうですね・・・」

子供みたいですね、とが微笑みながら酷卒の頭を撫でる。

「・・・子供みたい、か。

お前に対してだけだ。・・・ソイツがそんな事許すのは」

「・・・私にだけ?

ああ、と先ほどよりも機嫌悪そうにそっけなく極卒が返事をする。
椅子から立ち上がり、壁に貼り付けたままの見取り図に手をかけた。

「一佐の所に行ってくる。大人しくしてろよ〜」

「あ、はい・・・でも二佐はどうなさるので?」

こっちを向きもせず極卒はドアに向かって歩いていって、
早口で、言った。

「暫く寝かせて置いてやってくれ、・・・。兄さん、疲れてるだろうから

バタンッ










「・・・・・・兄さん・・・って・・・」

ゆらゆらと電球が揺れる中、ぽかんと口を開けてが呆けていた。

酷卒がぐっすりと眠っているから、兄さん、なんて呼んだのだろうか。

呼ばれた当の本人を見れば、
それはもう本当に赤子のようにぐっすりとの膝で寝ているのだった。

「聞かせてあげたかったな・・・」

の小さな呟きは酷卒の寝息と共に薄闇の中へ消えていった。










(聞いたら聞いたできっと大騒ぎなんだろうけど)










**********後書き
ツンデレごっくん(それしか言う事ないのか)
そして無意識のうちに良い雰囲気をぶち壊すこっくん。
折角一佐がチャンスを作ってくれたのにぶち壊すこっくん。
ええ無意識です。彼にはぶち壊しの神がついてまs(ry

ずっとずっと前から温めていた伏線を回収(無理やりですが)出来て良かった。
初期と比べてかなり親密になった関係に気づいてくださると嬉しい。