ボクの手元から、放すべきではなかった。













地獄絵図、まさに基地内はソレと化していた。
鼻を突く人の匂いに思わずえづきそうになる。

「消火活動は終わったかね?一の字」

「・・・はい、終わりましたとも。大佐殿」

ギラギラ、金歯が光る。
胸の奥からのぼって来る、吐瀉物をぐっと押さえる。

「これが我が国の兵士のあるべき姿ではないか、一の字」

「・・・」

「降伏などせずに、皇国の為に、自らの命を捨てる。嗚呼、これこそあるべき軍人の精神なのだ」

「なあ、一の字。貴様もそう思うだろう」

ぐるりとこちらを向いた男の手には赤いボタンの付いた杖が握られていた。
私はソレをぎろりと睨んだ。アレが、我が軍の全てを縛っている。

「・・・ん?なんだ、その目は。安心しろ、いざとなったらこれで皆ヴァルハラへ送ってやる

捕まるなどという生き恥を晒さぬようにな」

身に余る光栄です!大佐殿」

返事を返したのは、近くに居た少年兵だった。
まだ随分と若い。この作戦の為に借り出された兵だ。
・・・、目が死んでいる。

「だがコレも使うことはまああるまい・・・。なにせ我々には皇国の御神がついているからな」

胸を張ってそういう大佐殿まるで喜劇だ。
焼け焦げの香水と、血濡れの舞台で踊るピエロだ。

ああ、夢なら覚めてほしい。




















がたんがたんと狭い通路を這って進む。屈辱的だがしょうがない。
幸い、基地内では戦闘は沈静化しているようだ。部下達は無事に合流できたのだろう。

・・・それにしても、埃っぽくて、喉に来る。くそう、むせそうだ。


ばこん、と厨房の天井が抜けた。
そこから這いずり出てきたのは極卒。
はあはあと息を荒げてその通路”から厨房へ降りた。
たり、とお世辞にも上手いとはいえない降り方。

「(中々・・・アイツみたいにはいかないか、)げほっ」

厨房は、異様な空気だった。
乱闘の跡がそこかしこに残っているにも関わらず、厨房は静寂を守っている。

「・・・(静か過ぎるにも程がある)」

そっと身構えながら、厨房の奥に入ると、


・・・!


厨房の壁に、彼女はぐったりと寄りかかっていた。
脇腹からはだらだらと鮮血が流れていて押さえている手から滴っている。
足元に、随分と若い兵士が倒れていた。



駆け足でに近寄り抱きかかえる。がくん、と膝が折れ、彼女は床に座り込んだ。

ょろり

と極卒が床に倒れている兵士を睨んだ。
首元と額の辺りに小さな穴が的確に”開いていた。

ゆらりと、極卒が立ち上がった。

その目はぎょろぎょろぎいろと鈍く光っていて死んだ魚のように、黒く黒く広がって、どん!

「ひっぃ」

ん!ん!ん!どぱぁっ!

懐から出した拳銃で、その兵士を撃った。
反動でと彼の身体がゆれ、打ち抜かれた部分から濁った血が弾けとんだ。

ん!どっぱ、どん!

・・・やめて

しゃっ!銃弾の切れた拳銃に弾を装てんし直す。

どんどん!どん!

・・・やめて・・・くださ・・・い・・・・!!

無表情の極卒がと揺れた。下を向けばがぼろぼろと涙を流しながら足にしがみ付いていた。

・・・そ・・・の人は、私が!

がくりとが下を向いた。さらさらと乱れた髪が下に流れる。
声を、ひねり出す。

「私が・・・っ、殺したんです、殺したんです・・・っ もう死んでるんですっ

「っ、わたしが」








































「・・・頼むから、泣かないでくれ・・・そんな顔を・・・するな・・・」

ご・・・くそつさんさ

ぎゅう、と抱きしめられていた。力いっぱい、苦しくなるほど。

「お前に、・・・泣かれたら、ボクはどうしたらいいかわからない」


「頼む・・・泣くな、いつもみたいに、笑ってボクの傍に居てくれ」



・・・・・・・・・すまなかった・・・一人にさせたボクが・・・ボクが・・・いけなかったんだ




ぽつりと、小さな小さな呟きが聞こえた。
ぎゅう、と一層強く抱きしめられた後、離される。
極卒が震える手での上着とシャツを捲った。

「・・・っ、

大丈夫かっ?

だらだらと鮮血が未だに流れているその脇腹。
当てられているハンカチの脇から赤黒い傷がっくりと口を開けていた。

「・・・、・・・が中々止まらないんです、・・・さっきから、

・・・はっ・・・、押さえて・・・いるんですが」

「・・・!早く止血しないとっ・・・」

いつもと違ってすっかり狼狽してしまっている極卒をが見上げた。

「三佐・・・三佐、落ち着いてください・・・」

「っ・・・でもっ」

「こんな非常時に、・・・貴方みたいな上に立つ人が焦っちゃ・・・駄目です

私のことなんて、気にしないで・・・くだ・・・さい


見上げるその目が、どんどん虚ろになっていって、
がくりと、頭が揺れた。

「っ、っ!!

慌ててその首を持ち上げると苦しそうに荒い呼吸を繰り返す彼女。
口元からごぽ、と軽く血が流れた。

「・・・!!」

きっ、と表情を正す。

「焦っちゃ駄目・・・か。その通り・・・だな」

の頭をそっと撫で、問いかけた。

これから他の者達の所へ合流する。少し揺れるかもしれないが大丈夫か・・・?

うっすらと目を明けてが頷く。
そうと決まればさっそく出なければならない。

雪が再び降り始めた窓の外を見ながら極卒がを抱き上げた。










**********後書き
久しぶりに出てきたのにこんな扱いでゴメンネさん・・・!!!
し、死んでお詫びを!(切腹)