それは40日40夜降り続き地上に生きていたもの全てを滅ぼした・・・

・・・とは洪水の話なのである

あれから雪は留まる事を知らずにしんしんごうごうと降り、












「・・・今日でもう5日目になるの・・・か」

ふう、とが廊下の外を見ながら手を擦り合わせた。
外はまさに白銀の世界、いや、色さえも無い見えない
吹雪といったらいいのかなんなのか、ひゅるりひゅるりらと六花は風に乗っては舞い落ちる。
実の所を言うと、風の音さえ良く聞こえない。

ぽつりと、自分一人だけがこの世界に取り残されている気分になる。

ぽつり・・・ぽつり・・・

ぽん っ

ふへっ!?

「あはあ、大丈夫〜?随分ぼーっとしてたみたいだケド」

「酷卒二佐・・・」

振り向けば色のある世界へと戻される。
鮮やかで、何処か陰のある赤が眼前に広がる。

「君までこの地の獄”の深みに嵌っちゃったりしてないかな?かな?」

「・・・深み?

おっと、話してなかったっけ?と言って酷卒が続ける。

「地の獄”ってここの基地の別名なんだけど〜・・・。

なんでこの基地がそんな物騒な名前で呼ばれるかって言うとね・・・

とある一説があってねえ・・・」

「一説・・・ですか」

こ! 笑いながら酷卒が耳元で囁いた。


うん、この基地ってねえ・・・



兵士の自殺率が他の基地に比べて馬鹿にならないほど高いんだ




ひやっと、耳の横を冷たいものが通っていく。


「・・・・・・え?

「異常なほどの自殺率の高さに怖がって地の獄”って呼ばれてるって説。面白いでしょ?

・・・何でそんな自殺率が高いかわかんないけど〜、理由の一つに雪とか、冬の所為だ、っていう人が居るんだ。

知ってる?お日様が当たらないと人間って憂鬱になっちゃうらしいよ?」

の顔が複雑な表情になった。何が言いたいんだろうこの人は。

「・・・・・・君まで”・・・?」

「あ、気づいちゃった〜?

うん、今日一人、深みに嵌っちゃった人が居てね

そう・・・です・・・か・・・」

「うん、自殺。もう仏さんは処理したから。君も、気をつけてねっ

じゃあね、と手を振りながら廊下の向こうへと酷卒は消えていく。
、と窓枠が震える音だけがの耳に聞こえていた。










「ん?何処に行ってたんだ、狗」

「申し訳ありません極卒三佐」

まあいい、と呟いて極卒が椅子から立ち上がる。
かつかつと歩きながらに言い放つ。

やはり逃げないように鎖を付けておかなければいけないか〜?

「・・・そ、それはご勘弁を・・・」

と寄って来る極卒から、と後ろに下がる
まさに後一歩でさようなら、と言う時に、

じりりりりりいん

机の上の黒電話が鳴り響いた。

っち、何だ?」

「(今舌打ちした・・・)」

ふんふん、と何回か頷いてがちゃんと電話を切った。
ぼーんぼーん、大きな振り子時計が(こんなのあったかな・・・)11時を告げる。

「狗、ボクはちょっと御呼ばれされたから〜。早いけど先に冷や飯でも喰っててくれ」

「(ひ、冷や飯・・・)・・・はい、三佐」

ハンガーに掛けてあった外套を引ったくり、
ばたん!といつものようにドアを蹴り開け極卒は出て行く。
は、内心ほっとしていたりしていた。




なぜかというと、





で独自にある事をしていたのだった。勿論、彼らには内緒で。

「・・・ふう・・・コレも違う・・・」

手に持ったナイフを床に置く。
もう片方の手には袋に包んだ生肉が握られている。
胸ポケットから布を取り出すとナイフを綺麗に拭き、シースに入れる。

「・・・一体何で切りつけられたのかしら・・・」

じっくりとその生肉とソレ”を見つめる
生肉は薄い桃色をしていて、表面には切り傷が無数についている。

こうやって実際に一つ一つ切り傷をつけて行けば犯人が使ったナイフが見つかると思ったんだけど・・・

今の所、全てはずれ。どれも彼女が持っていた・・・ソレ”・・・殺害された彼の写真とは違う切り口で
その痛々しい傷が映った写真を丁寧に胸ポケットに押し込んではその倉庫から出て行った。

おなかすいちゃった・・・な」

なんとなく、気恥ずかしそうにおなかを押さえながら。










・・・でどう思うかね、この状況を?獄卒二佐

う〜ん、なんとも言えないなあ極卒三佐

基地の前門には、沢山の人が、居た
子供連れやら若者やら、それはもう沢山の、亡命者が。

「・・・あ!向こうの兵隊さんたちにばれないようにさ〜、この吹雪に混じって皆やってきたとか!」

「・・・なら良いんだがな〜・・・」

「で、どうする訳?この人たち。中に入れるの?」

「勿論そうはするつもりだ。だが・・・」

「・・・この雪じゃあ保護施設になんか送れないよね〜」

びゅうびゅうう、と風が二人の服を揺らす。
それを、じいっと彼らは見ていた。










すみませ〜ん・・・?

食堂にやって来たは自信なさ気に呟いた。
少しずれた時間帯だからか、昼飯を食べに来ている兵士は一人も居ない。

「・・・お肉・・・返そうと思ったんだけどな・・・あとお昼」

こんな傷だらけになっても大丈夫かな・・・と内心焦りながら厨房を覗く。

「・・・・・・

まるで、さっきまで人が居たかのように鍋は火にかかりっ放しで、
ぐらぐらと湯気まで出ている。

床には、フライパンと包丁が無造作に落ちていた。

「・・・?」


らりと光る包丁を手に持って、彼女は考えた。

包丁・・・って結構幅が広くて、長い・・・

・・・包丁も、刃物




























































































































どす










**********後書き
もう何だか精一杯だったりします。