偉い人だって

病むのだ。病んでいるのだ。












軟禁後、結構あっさりとは帰してもらえた。
体中痛んでくたくただ。

「休みたいんだけどな・・・」

医務室のカーテンをしゃあっと開ければ飛び込んでくるのは美しい朝日。

(そんな暇なさそう・・・)

がくり、と肩を落とした。





「あ、君、きみ。ええと君」

「はい?」

あの汚い医務室のゴミを捨てようとゴミ箱を持って歩いていたら、

「上官殿、何か私にご用でしょうか」

「ああ、ご用も御用、大事な用事だよ」

走ってきたのか黒い袖口でごしごしと汗を拭いていた。
運動不足だわ、と少し顔を歪ませれば切り出す上官。


一佐殿が君を呼んでいるよ










「えー、まずは君。我が基地にようこそ。歓迎しているよ」

「・・・恐縮です」

ふさふさの立派なヒゲと威厳のある気品を湛えた一佐がニコリと笑う。
着ている軍服の色は、緑。
似つかわしい目の下の隈が筋肉の動きに沿って歪んだ。

え?ええ?なんと言ったのかね君・・・」

「は、い?

おお、そうだった、と一佐は耳から何かを引き抜いた。

「耳栓を付けていたのを忘れておった、すまないが君」

再び耳栓をきつく押し込み差し出したのは鉛筆と紙の束。
なんとなく察したはかりかりと鉛筆を紙の上に滑らせる。

これで筆談を?

「その通りだ、いやあ君は実に物分りが良い」

実に満足そうにヒゲを撫でながら一佐は微笑んだ。
が、見る見るうちにその表情がこわばっていく。

「・・・話の本題に入ろうか君」

こくりと頷いた。

「あ、あー・・・君は、あの・・・男に、会ったのかね?

極卒三佐の事ですか?”と書こうとした瞬間、

会ったんだな!!!

ぐわっと机の向こうから凄い剣幕で肩を捕まれた。
整えられた髪はぱらぱらと乱れ、隈のある目は血走りさえしている。

「会ったんだな、そうなんだな!!!?

おっ、落ち着いてください!!

ありったけの声で一佐に向かって叫んだ。
の必死な様子に正気を取り戻したのかゆっくりと肩から手を除け

「・・・いやあすまない。新入りの君をみすみすあの男に染めさせてたまるかと思ってね。」

「・・・・・・?」

ふう、と立派な椅子にぐったりと寄りかかる姿には既に先ほどの威厳と気品は無かった。
まるで、何かに怯えているような、そんな姿。

「・・・君を此処に呼び出したのは他でもない、その・・・あの男・・・

・・・に関する事だ」

どうぞ続けてください

っふはー・・・と静かに息を吐く一佐。ぶるぶると唇が震えている。
その状態で一佐は異常な笑顔を作った。

・・・極卒三佐が、君を是非、秘書に、・・・したいと言って、いてね」

顔をしかめ慌てて紙に鉛筆を走らせた。

おひきうけできません

「・・・っふうー・・・すまないが、拒否権は無いんだ

・・・君にも、・・・・・・・・・私にも

ふうーっと再び息を吐いた一佐は何だか空気の抜けた膨らみかけの餅みたいになっていた。
部屋に入って初めて会った時よりずっと老けた気がする。
と言っても部屋に入ってからまだ10分ほどしか経っていないが。

「・・・私は、あの男に会った時から・・・ずっと演説に悩まされている」

耳に、耳に・・・響いてくるのだよあの声、演説が・・・

自分の髪をぐちゃぐちゃにしながら机に顔を伏せた。
肩はぶるぶる振るえ、脂汗がぽたぽたと机に滴っている。

蝕まれている、極卒に。

眉を顰めは紙に丁寧に鉛筆を走らせた。

お引き受けします。

ただし

紙を見つめた一佐の目にじわじわと涙が溢れてきた。

・・・!!・・・すまない・・・すまない・・・不甲斐ない・・・有難う・・・

「・・・・・・失礼いたします」

椅子から立ち上がり踵を返した。

きっと居るのだろう、ドアの外に、彼は。










「やあやあ待ってたよ・・・

「何でこんな所にいらっしゃるんですか。極卒三佐

案の定ドアを開けると目の前には極卒。
の後ろの方で、ひっ。と小さく一佐が悲鳴を上げたのが聞こえた。

「貴様を迎えに来たからに決まってるだろう?ん?引き受けたんだろうねえ。もちろんさあ

後ろ手を組みにまにまと笑いながらの周りをうろうろ歩く。

「ええ・・・お引き受けしました」

一佐の命令で、ですが」

、と一瞬だけ極卒の眉間に皺がよった。

ふうん・・・あの男の顔を立てるのか。ふぅーん・・・ふーん?」

「まあそういう所が気に入ったんだけどさあ」

すっと近付いた極卒はぎゅうっといきなりの首元に抱きついた。

「あ、あの?

「・・・・・・・・・」

なんとなく気恥ずかしいのか彼女は顔を赤くして慌てている。
珍しい光景だ。

「モ・・・しもし?三佐?

・・・・・・くういくういいくけけけけけけけけ!

堪えていたのを吐き出すかのように笑いながらするっと離れた。
そのの首に は、

「な、なんですかコレは!!!

けけけけけけぇ!!コレで貴様はボクと離れられないんだからなー!!

革の首輪が付いていた。更におまけに首輪からはじゃらりと鎖が付いている。
勿論その鎖の端を持っているのは極卒で。
しかも、

「な、・・・なんでこの首輪繋ぎ目”がないのっ

丹念に加工されたか、魔法でもかけたのか、不思議な事にその首輪にはつなぎ目が全く、無い。
ぐいっ至極楽しそうに極卒は鎖を引っ張る。

ぐえ、やめてください!私は犬ではありません」

「いいや、貴様は犬だ。ボクの狗だ

そして言う事を聞かぬ狗にはきちんを躾をしなければいけない

さあっの顔から血の気が引いた。
赤くなったり青くなったり大変だ。


さあ・・・じっくり、たあっぷり、仕込んでやるからな?










**********後書き
ろくでもない目にばっかり遭いますねうちのヒロインさんは(誰の所為ですか