列車の中でのちょっとした、






     





ばざざざざと雨の音がする。バケツをひっくり返したかのように勢いはまるで収まらない。
・・・もうこの雨が降り始めて何時間立っただろうか。

「(・・・・・・頼まれてた手紙濡れなくて良かった)」

ふう、と軽くため息をついた。
ごとんごとんと雨の音に混じって微かに列車の音が聞こえる。

ごろろ、と遠雷の音が聞こえて、

大きくなって




どぴしゃっ




















「ねえねえアンテナ売りさん・・・どうしてこんなに真っ暗なの?ミミ怖い」

「雷がどこかに落ちて電線が切れてしまったらしいですよ

・・・だから真っ暗なんです、お嬢さん」


ふう、とがため息をついた。
手元の時計で時間を確認したくても真っ暗なので出来ない。

「(・・・相席だったかな)」

真っ暗だから相席、向かいの席に座っていると思われる二人の顔も確認できず。
声から判断するに、一人は小さな女の子のようだ。

くすんくすん、と小さな啜り泣きが聞こえた。

「お嬢さん、お屋敷はもうすぐなんですから泣いちゃ駄目ですよ・・・」

「でも怖いもの・・・。ミミは暗いの嫌い、雷も嫌い」

暗闇に慣れてきた所為かうっすらと女の子の顔が見えた。長い三つ編みもみえた。

「大丈夫ですか?」

しゅぼっ

と目の前を小さな光で包む。マッチをポケットに入れていて良かった。
・・・ついでに湿気ていなくて本当に良かった。

「あっ・・・明るい!ねえ見てアンテナ売りさん!明るいー!」

「本当ですね・・・。ありがとうございます。お嬢さん暗いのが怖いもので

・・・子供だから

ミミ子供じゃないもん!子供じゃないもんー!

悪戯っぽく言ったアンテナ売りさん”の言葉に女の子はぷくーっと頬を膨らます。
マッチの僅かな明かりの中、そのアンテナ売りさん”とが顔を合わせて笑う。

笑っちゃ駄目ー!・・・もー!!」

「ご、ごめんなさい・・・ふふっ・・・あつっ!

くすくすと微笑むの手から明かりが消えた。
マッチが根元まで燃えての手を焦がし、ぽとりと力も光もなく床に落ちる。

「・・・・・・また真っ暗。ねえ、お姉さん大丈夫?」

「大丈夫です。ちょっと手を火傷した位ですから・・・」

「ほんとにほんとに?・・・ねえ本当に?

きゅ、と小さな手が二つ、の手を掴む。
暗闇の中の大きな双眸がを貫く。
闇のような色がきらきらと光っていた。

「ねえアンテナ売りさん・・・ミミ、お姉さんを家に連れてってあげたい」

えっ

「駄目です」

小さな手がの手から離れて、ぎゅ、と抱きついた。

「やだー!連れてくの!もう決めちゃったもんねー!」

「でしたらしょうがないですね」

えっ?

そ、そんなあっさり!?と慌てているうちに、
アンテナ売り”がなにやらごそごそと作業をしていた。
がたん、と列車の窓枠が外れ、雨が吹き込んでくる。

えっ!?

「あのねあのね、私の家、ここから歩いて少しなの!」

ぎゅう、としっかりしがみ付いたミミがにこにこと笑う。

「で、でも・・・」

「列車から出ちゃえばいいのよ!そうすれば歩いていけるし・・・ね、そう思うよね!アンテナ売りさん!」

あー、そうですね

(ややいい加減に)返事を返したアンテナ売りが外した窓から外に出る。
やや勢いは落ちたものの、雨がざあ、と地面を叩いていた。

「ほらあ、早くーっ。アンテナ売りさんが風邪引いちゃう」

「えっ、あの・・・」

ぐい、と予想外の力での身体が引っ張られる。

「あは、雨って結構気持ちいいね!お姉さん!」

「は、はあ・・・」



泥だらけの線路脇をずんずんと進んでいく。
びちゃ、とソレを跳ねさせながらが心配そうに呟いた。

「列車の中に居た方が良かったんじゃ・・・」

「えーでももう列車見えないもん!此処まで来たらミミのお家まで行こーっ」


え?と振り返ると既についさっきまで乗っていた列車の姿は見えなかった。
くらりと、目眩がする。

「お姉さん大丈夫?」

「・・・はい、大丈夫です・・・よ」

薄く笑い返し、自らの手を引く少女の方へ向き直る。
ひやりと、背中が寒くなった。


良かったあ





にこにこと無邪気に微笑む少女の背後には、大きな洋館が建っていた。










「タオルをどうぞ」

「あ・・・有難うございます」

に真っ白なタオルを渡すアンテナ売り、彼の頭からはだらだらと雫が滴っていた。
眼鏡に張り付く濡れた髪の毛を、邪魔そうに払う。

「貴方こそ、タオルが必要なんじゃないですか?」

「貴方はお嬢さんのお客ですか・・・」

ら、と最後の一言を言う前に彼の視界は白いものでふさがれた。

アンテナ売りさんべっしょべしょーっ

きゃっきゃと楽しそうにはしゃぐ少女が背後からアンテナ売りにタオルを被せたのだった。

「・・・お嬢さん、タオルから手を放してください・・・」

「あははっ変なの!エクソシストみたい」

ぐぐぐ、と背を反らせてタオルで首が絞まるのを避けようとしているアンテナ売り。
そんな彼の状況を全く知る由も無くぐいぐいとタオルを引っ張るお嬢さん。

何だか異様な光景だ。

「え、えと貴方も、きちんと拭かないと風邪を引きますよ?」

今だタオルを引っ張る少女をそういってアンテナ売りから引き離す。
ぱっと手を放すとアンテナ売りは限界だったのかどたんと床へ背中から倒れこんだ。

「ミミもべっしゃりね」

「そうですね」

は、と自らの足元を見ると泥だらけのブーツ。

「あっ、ごめんなさい・・・綺麗なお屋敷を汚してしまって・・・」

「いいのよ、お姉さん。此処らへんってすっごく土がどろろーってなっちゃうのよ

ミミの靴だって泥だらけだもん。気にしないで」

もごもごと濡れた頭を拭うタオルからひょこりと出して少女は言った。

「ね、お姉さん、ミミと一緒にお風呂入ろ!」

「はへ?」

「・・・沸かしてきますね」

床から起き上がったアンテナ売りが一言呟いて部屋の奥へ去っていく。
腕の重みを確認すればにこにこ顔のお嬢さん。

拒否権は、無いらしい。










あーっあったかいなあ!アンテナ売りさんも入ればいいのにー」

「それはちょっと・・・」

大きな屋敷に見合った大きな湯船。ほわりと何処かいい香りが鼻をくすぐる。

ちゃぷ。と水面を揺らしながらまじまじとお湯に映った自分を見た。
雨で髪の毛もぐしゃぐしゃ、おまけに頬には泥が飛んでいる。

「おねーさん一緒に背中ながしましょっ」

ばしゃ、と水面に映ったが乱れて消えた。

「あふー、お姉さんお肌すべすべなのね」

わわっ!?え、えと・・・」

はた、と二人で顔を見合わせる。此処まで来て(しかも一緒に風呂にまで入って)
お互いの自己紹介すらしてない事に気づく。

「えっと・・・ミミさん、で良いんですよね?」

先ほどから少女が自分の事をそう呼んでいた、それを恐る恐る確認しながらは聞いた。

「ミミでいいよ。さんなんて要らないよ?ね、お姉さんの名前は?」

「私は、といいます。自己紹介遅れてすみません」

いいのいいの、と言いながらミミがの手を握り、風呂桶と椅子をかぽんと取り出す。

「ね、そういえばお姉さんは軍人なの?あ、座って座ってー」

「あ、どうも・・・。え、ええ。そうですよ」

差し出された椅子に座るとひや、っとした。ちょっと冷たい。
の後ろにミミが同じように座る。ひゃ、つめた。と小さく悲鳴を上げた。

あーやっぱりだ?だってあんな制服着てるんだもんっ

あのねあのね、ミミのお爺様も軍人だったのよ」

「へえ・・・そうなんですか」

ざば、と背中を流してもらう。ごしごしとタオルが背中を擦る。

「うん。もう随分前にやめちゃったけどね

今は長い休暇で遠くの方へ行ってるのっ。でねでねっ私とアンテナ売りさんは此処で留守番してるの」

ほー・・・とが呟いた。

「まだ小さいのに偉いですね」

ミミちっちゃくなんてないもん

ぷく、と頬を膨らませるミミの姿に思わず笑みが浮ぶ。

「あっ 笑ったなー!酷い!」

「ふふ、ごめんなさーい」

顔を見合わせ、笑いあった。
こんなに穏やかな時間、久しぶりかもしれない。










「どうぞ」

風呂から上がった二人。
居間にやってきてまず手渡された、

おにぎり・・・

「中身は?」

「鮭です」

やった、と小さく言いながらミミがそれにぱくぱく喰いついた。

「・・・食べないのですか?」

「えっ、いやそんな頂いちゃって申し訳ないです・・・」

アンテナ売りがふわりと軽く笑って言う。

「・・・いいんですよ。貴女はお嬢さんの大切なお客様ですから」

それよりも、とアンテナ売りが言葉を続ける。

「・・・こんなものしか作れなくてすみません」

「アンテナ売りさん料理下手だもんねーっ、いつもはミミと一緒に料理するのよ」

「あは・・・は」

苦笑しながらもぱくりとそのおにぎりを口にする。
そういえば朝からずっと何も口にしていなかった。
今更ながらにお腹が空いてくる。
ぱくぱくと自然と口が進む。美味しい。

じっと見つめる視線に気づけばアンテナ売り。

「・・・美味しいですか」

「はい、とっても美味しいです」

にこ、と笑い返せば眼鏡の奥の目が優しく歪んだ。

「そう・・・ですか」

「アンテナ売りさん照れてるー」

「・・・・・・」

ぷい、と顔を背ける。まるで恥ずかしがっているかのように。
うふふ、と小さくミミが笑った。

ゆっくり、俯く。


「・・・ねえ、お姉さん。明日は一緒にお花畑に行こうよ」

「えっ?」

きゅう、と腕を掴まれる。
泣きそうな顔。

「・・・駄目?

思わず言葉に詰まった。
きゅ、と少しだけ唇を噛んで話を切り出す。

「・・・ごめんなさい。もっと一緒に居たいのは山々なんですが・・・

・・・お使いの途中なんです。少しでも早く帰らないと・・・その

私の・・・大事な人たちを・・・心配させてしまいますから」

がもう一度、ごめんなさい、と謝り掴まる小さな手にゆっくりと手を添える。
ひやりと冷たかった。

「そう・・・うん、そうだよね。大事な人は心配させちゃ駄目だもんね」

「・・・ね、お姉さんじゃあ一緒に寝よう?・・・お願いお願い明日にはもう行っちゃうんでしょ?」

にこ、とが微笑む。

一緒に寝ましょうか

ぱっと顔を上げるミミはにこにこと笑っていた。




明かりがちろちろと部屋を照らす。
小さなベッドに二人縮こまる。


「ちょっと狭いですね」

「だね」

ふふ、と顔を見合わせて笑う。

「・・・ねえお姉さん」

「はい?」

帰りは歩いて帰ったほうがいいと思うな・・・

「?」

ぼす、と急に頭まで布団を被せられる。

「・・・子供はもう寝る時間ですよ」

だからミミ子供じゃないーっ!!

それじゃあ絵本は読まなくてもいいですよね

「・・・うーっ・・・ミミは子供でーすー」

ぷくりと頬を膨らませながらミミが呻いた。
この掛け合いも明日になったらお別れかあ、と何だか寂しく思う。

「・・・”さん」

「え?」

・・・ありがとう









暗転




















「・・・さん」

「お・・・き・・・さん」





お客さん





はっと目を覚ます。窓を叩きつける雨の音。
声のする方に向けばカンテラを持った車掌が立っていた。

「起こしてしまってすいません、えー只この今賽の川行き列車は落雷による停電でして・・・

復旧までにまだ時間が掛かるのでそれを今乗客の皆様に連絡してる最中でして・・・

起こしてしまってすいません」

ぺこぺこと申し訳無さそうに平謝りしながら車掌は去っていく。

呆然とだけが取り残される。

・・・あれ・・・?

くら、と目眩がした。今のは夢?
・・・それともあの後からもずっと雨は降っていて今は明日?

ふと目を窓へ向ければざあざあと降り続く雨。
引き寄せられるように窓に手をかける。










「えー、お客さーん。風邪引きますから良かったらこの毛布お使いください・・・

ってアレ?

閉められた窓には雨の吹き込んだ跡。
べたりとどろどろの手跡が付いていた。




















「・・・おい、何ぼーっとしてる」

は、と前を見ると訝しそうに見ている我が上司。

「あ・・・いえ、なんでもないです。ちょっと・・・考え事を」

あの後、道もろくに知らないのには歩いていった。
どろどろの道を迷うことなく足が進む。
異様に風景が早く移り変わる。自分の心臓の鼓動しか聞こえなかった。
気づけば、懐かしい基地が目の前で。

・・・狐にでもつままれた気分です

「? 何の話だ?

・・・しかしまあお前も中々タフなんだな〜っ。・・・少し、見直した」

「・・・? えと此処まで歩いてきたことです・・・か?」

まあそれもあるな。と極卒が続ける。

「昨日の国営ラジオ放送が言ってたんだ」





お前の乗ってた電車が土砂崩れに巻き込まれたっ て

・・・よくその事故現場から帰ってきたものだ。これもボクの躾のお陰か?

うひょひょ、と笑う極卒がに気づく。
強張って、目を見開いて、

「・・・おい?・・・どうした」

「・・・」

「・・・い、・・・いえ、何も・・・」


小さな笑い声が耳から離れない。










帰りは歩いて帰ったほうがいいと思うな・・・










**********後書き
ちょこっとだけホラー風味。
ごっくんの異常なほどの心配はラジオで土砂崩れがあったと聞いたからです。
こっくんボッコボコ。