だってしょーがなかったんだもーん。






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「ね、ね、ちゃんちゃん」

とたとたと、朝の廊下を急がしそうに歩いていた彼女にボクは話しかけた。
その手には分厚い書類。多分彼の所に持っていくんだろう。

「何かご用でしょうか、酷卒二佐」

「うん、お使い頼んじゃってもいいかな、かな」

お使い?と言って彼女は首を傾げた。
つつつ、と目線がボクの持っていたソレに向けられる。

「・・・随分と分厚いお手紙ですね」

「うん。なかなか出せなくってねー。たまっちゃった」

「ソレですか?お使いって」

「うん。頼んじゃってもいーい?これ出すの」

いいですよ。と言って彼女は軽く微笑んだ。かわいいーなー。

「でも、その前にこの書類を三佐に届けてから・・・」

「それボクがやるからさあ、こっちお願い!急ぎなの!」

彼女が持っていた書類を半ばひったくる様にして受け取り、かわりに分厚い書類を押し付けた。ごめんね。
でも急いでるからしょうがない。

「い、急ぎ?

「うん。ここから最寄の郵便局って列車使わないといけないんだよね。ここから3時間歩いてさー。

でね、ちょーど今そっちの方向に帰省する人が居てね」

「・・・その人に便乗して一緒に行けと」

「うん、お願いお願い!

彼女の真似をして首を傾げて言って見た。
むむむ、とちょっとだけ眉を顰めて彼女は言う。

「・・・乗る列車の時間は・・・」

「えーと確か11時ぐらい・・・」

さあっと彼女の顔が青ざめた。ええと確か今、朝の8時。
あ。

い、急いで仕度してきますっ

ばたばたと焦りながら廊下を彼女が走っていく。
うーむ、なんか悪い事しちゃったな。










なんか悪い事、じゃなくて相当悪い事しちゃったとボクは気づいちゃったの。

「・・・アイツは何処だ

部屋でボクの入れたお茶(小声で不味いって言ったのをボクは聞き逃さなかった!酷い!
をずずずと飲みながら彼がぼそりと呟いた。

「あ、ちゃん?今朝ボクがお使い頼んじゃった」

「・・・・・・・・・・そうか」

ちょっとした沈黙が流れてボクひやひやしちゃったよ。
でもコレはまだ序の口で。





「極卒三佐、この前の赦免状の件なのですが・・・」

後にしてくれ

は、はあ。とドアの前に立っていた兵士が呟いて、失礼しますと出て行った。
うろうろうろうろ、彼は部屋の中を行ったり来たり。

「落ち着かないねー」

「・・・そうか?」

「そーんなに寂しいの?ボクも寂しいけどさ、ちょっとのしんぼ・・・うっ!!

ごが、と鈍い音がして彼のブーツの踵がボクの弁慶の泣き所にめり込んだ。可哀想な弁慶!
声にならないほど痛い。角がもろだったよ!

足が滑った

どんな言い訳なのそれ!!

ごっ

「おっとすまん、足が言う事を聞かない」

痛いいたいよ!!やめてよお

ごす

悲惨な音を立てながらめり込む彼のブーツ。
それを見ながらボクはなんてこったい、と思った。

ちゃん早く帰ってきてえ










それがまたとんでもない事になっちゃってなんてこったい!

・・・彼女はそれから全然帰って来る様子が無い。連絡も無い。
・・・昨日の、夕方過ぎには帰ってこられるはずなのに。

「ふぅーううう・・・」

部屋のソファに横たわりながらぐしぐしと目元を擦った。
もう色んな所が傷だらけ。彼は全然容赦してくれないんだよ。

寝転がりながら部屋に一つだけある窓から外を見る。曇り空。雨の降った後の空。
どんよーりとボクの心みたいに曇ってる。

彼がずっと怒って寂しがってる。どんより
彼女が帰ってこない。どんよりどろどろどろろ

憂鬱になってるとガチャリと書斎のドアが開いた。
重い足取りで彼が出てくる。

「・・・おはよう」

「・・・・・・」

返事は無い。こっちも見ない
黙って窓まで歩いて、

「・・・

彼が窓にへばりついた。ボクからは見えない。彼の後姿だけ。
それからくるりと振り向くとあっという間にばたんと部屋から出て行った。

ぎいぎいと鉄のドアが揺れてた。




















「・・・はあーっ・・・」

白い息を吐きながらとたとたとが中庭を歩いていた。
軍服と同じ色のマントに身を包みながら、疲れたようによろよろと。
下を向いて歩いていた彼女が、ふと顔を上げる。見知った顔。

「・・・三佐?

「・・・何処に行っていたんだ」

「え、えと二佐に頼まれたお使いで「そんな事は分かってる

むか、といきんで極卒がずかずかと歩いて、がつりの肩を掴んだ。
びくり が揺れて、極卒を見た。

「何で一日で帰ってこなかった?何処に行っていた?」

「その・・・昨日の大雨の所為で列車が事故に・・・」

「・・・事故だと?・・・怪我はしてないか?」

ぎゅう、との肩を掴む手に力が入った。
極卒の剣幕に怯えながらが返事を返す。

「しっ、してません。列車で帰れなくなってしまったので、」

歩いて帰ってきたわけか?

極卒がの足元をじろりと睨んだ。彼女のブーツは泥で汚れていた。

「え、えと・・・その、・・・はい」

この馬鹿狗がっ!!

極卒が怒鳴って、を抱きしめた。ぎゅう、と思いっきり。

「・・・馬鹿狗・・・馬鹿狗っ。どれだけボクを心配させれば気が済むんだ

連絡ぐらい入れ給え・・・っ」

え・・・あ、その・・・ごめ・・・んなさい。極卒三佐・・・ その・・・でも、は、離して下さい・・・

真っ赤になったを抱きしめながらわしわしと頭を撫で、極卒は言う。

「うるさいっ、散々心配させた罰だ。・・・暫く黙って大人しくしてろ

・・・・・・・・・・・・・、・・・その、・・・おかえりなさいだ、馬鹿狗が

小さく小さく呟いて、誤魔化すようにもっと強く抱きしめ、髪に顔を埋めた。
が、きゅ、と極卒の服を掴んで、もっともっと小さく呟いた。

「・・・只今、帰りました。極卒三佐










むーん・・・」

ボクは見てた。うん、イケナイ事って分かってる。
でも、目を逸らせなくって。

窓からそっと離れてぼすりとソファに座り込んだ。
ぶんぶんと首を振って、もやもやを祓う。

「・・・元々はボクの所為だもんね

ぼそりと呟いて、誰ともなく にこ! って笑う。
笑顔が大事だもんね!二人が帰ってきたら、ボクだってちゃんをぎゅってするんだもんね!

がばっと立ち上がってステップ踏みながらお茶の準備をボクは始める。
また彼は不味いって言うかな。彼女も不味いって言っちゃうかな。


ばだああん!鉄のドアがいつもの勢いで開く。


あ、おっかえりー!










**********後書き
極卒夢のはずがまさかの酷卒視点。
いつもと違うノリなのでなんだか終わり方がアレです。